第33話

「区の職員になってから図書館に配属されることを待つのも不確実だしね。わたしがアルバイトしていた図書館の管理職者たちはむしろ司書の資格も持たない人事異動でたまたまそこに配属された人だったのよ。もちろん一人は区の職員の中でも司書資格を有している人が必要なのだけれど」


行政というのは不思議なぐらい建物としての図書館を建てたがる。それは地方議員の請託が多いからなのだと言う。箱物建設に一時世間の目は厳しかったが、例外的に図書館を立てたいという請託に反対する市民は少ないのだろう。直接市民が利用するサービスだから実績としてアピールもしやすいから首長も了承しがちだ。


「建てたら建てっぱなしにしないでちゃんと管理するための経費を積算しておけってんだよ」


女史はこの話になると言葉遣いがやや乱暴になる。憤懣やるかたないところがあるのだろう。


「おっと、ごめんあそばせ」


ハッと我に返ったように口を閉じた。


童子切は職業的憧れとしては作家より司書の方が強かったが、最終的にコレクターよりもクリエイターになることを選んだ。先日まで勤めていた会社もゲーム制作会社だった。


「東上くん、わたしが注ぎましょう」


童子切女史がビール瓶を手にとって勇のコップに注いだ。彼らはお互いをペンネームで呼び合う。


「いただきます。まだ来てないのは数珠丸さんだけですか」


「彼は顔出すだけになりそうだな。とりあえず乾杯」


この場にもう二人。大典太光世と数珠丸恒次は共にオーソドックスなネットデビュー小説家で、作風も似ている。所謂「なろうよ」系というか、神様の手違いで死にかけた平凡な高校生が異世界に生活の基盤を移し、神様からお詫びにともらった特殊能力を駆使して現地でヒーローになるという作風はテンプレートに則ったものだがその中で群を抜いて人気があり出版された巻数も勇の何倍ものボリュームになる。


前述のように勇は歳若いうちから酒の味を覚えていた。アーシェスの民に酒が堕落や宗教上の戒律に反すると言ったことはない。適量であれば滋養強壮に資するものという位置付けだ。


適量であれば健康に良いと言うのは本来、この世界でも同じことなのだが。この世界では酒で身体をこわす人間が多いように勇には感じられた。まったく合理的ではない。


ライトノベルの多くでは冒険者にとって酒は生きがいのように描かれている。一仕事終えるたびに酒場で盛り上がるシーンは読者にも見慣れたものだろう。


確かにホームグラウンドで仲間に囲まれていれば気も緩む。しかし、実際は行商人や冒険者は旅を生業としている。前後不覚になるまで痛飲することは無いのだった。見知らぬ土地や敵地で酔うまで飲酒する行商人も少ないのだった。野盗や不心得者に襲われれば生命にも関わる。


王侯貴族などは周囲に衛兵がいるから安心して酔えるのだが。それだけこちらの世界は安全だということなのだろう。


「あと、この世界は酒の種類が多いよな」


「うん? 酒の種類がどうしたって?」


「あ、いや。まだまだおれの知らない酒が多くて、このあらごしももってどんな味ですか?」


「それは白桃だけでできたお酒ですね」


童子切が飲んでみようと提案して封を開けた。白桃が丁寧に裏ごしされているため、どろっとしつつも滑らかで上品な味わいだった。


「スッキリしているわね。なんにでも合いそう」


氷にストレートで飲むだけでなく、ソーダ水も頼んで割ってみた。


「ミルクで割るのもおすすめですよ」


「東上くん、これはデートに向いているお酒よ」


「え? どうして」


「甘くて飲みやすいから、勧められたらついつい飲んでしまいそう」


「なるほど……って、そんな酒の勧めかたはしませんよ」

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