第32話
「鬼丸、今日はお姉ちゃんのいる店でなくて悪かったな」
「いや、いいんすよ。キャバクラでラノベ談義なんてできないし」
(うん。想像できないな)
このスナックは三日月の行きつけだが、カウンターに若い男性がいるだけで女性従業員はいない。
「何にしますか」
勇に注文を促す。
「おれはとりあえず中瓶で」
上着をハンガーにかけて壁から吊るす。客席はカウンターの他にテーブルが二つあるだけの広くはない店だ。勇は入り口に一番近い席に腰かけた。
「もう出来上がってるんですか、鬼丸さん?」
「そんな早く酔いはしない」
顔には出やすいが、なかなか酔わない方だと言っていた。
「いつもありがとうございます、先生方」
年配のマスターが声をかけてきた。
「先生方の中におれは入れないでください、マスター。おれはただの学生ですから。先生方ってのは先輩たちだけにしてください」
「まあ、飲め飲め」
鬼丸の前に置かれたグラスに三日月がビールを注いだ。
「まあ、お姉ちゃんのいる店はまた今度行くとして今日は男同士の話をしようや」
作家というのは自由業だけあって個人主義者が多いのだが、三日月は売れるまでほぼサラリーマンだった時期が長いので人当たりが良い。
「コホン。わたしもいるんですが」
「あ、ごめんごめん、童子ちゃん」
「童子切です」
6ペンの紅一点は童子切安綱。三日月は童子ちゃんと呼んでるが、他の4名はアズナさんと呼んでいる。彼女の髪は、ミディアムレングスであり、柔らかい波がかかり、自然な色調を持っている。常に整然とまとめられ、そのスタイルは洗練された雰囲気を醸し出す。彼女の姿勢は自信に満ちており、言葉に重みを持たせるような仕草や表情が特徴。
彼女の作風はVRMMO系、フルダイブ型のバーチャル空間を舞台にしたゲーム世界小説だ。ゲーム世界に閉じ込められた主人公たちがデスゲームを強いられる、つまりゲームに負けるとプレイヤーが本当に死ぬという斬新な設定がウケてベストセラーになった。この作品はテレビアニメにもなっている。作者である彼女はしばらく前に勤めていた会社を辞めて専業作家になった。見た目はお堅いOLで、高校生の頃は図書委員、司書の資格も持っていると言う。その経歴を反映して彼女の作品は図書館や図書館学が背景に使われることが多い。
読書好きな人間の中に司書資格や図書館で働くことに憧れる人間は多い。それに反比例して図書館で働く待遇は年々下がっているのだと彼女は言った。
「わたしも学生時代はアルバイトしたことがあるけど、公立図書館も働いている人は外部委託が多いからね。そこで働いてもいつまでもアルバイトみたいなものだからわたしは就職を諦めた」
なかなか好きなことを職業にするのは難しい。
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