第28話

意外なことに香辛料なども容易に手に入るようだ。ホムラのファンタジー小説の知識では香辛料などは金に匹敵する価値を持つ高級品のはずなのだがヨナに言わせると、「それぞれの地産のものに限られますがどこの地方でもその土地自慢の調味料があります」とのことだった。


風光明媚な旅の日々、古びた宿で巡り合った一杯の蜂蜜入り紅茶。その香りは、まるで遠い異国の花々が微風に乗って舞い踊るようであり、初めて口にした瞬間、心が優雅な冒険に誘われるようだった。舌先に触れる蜜の温かな甘さは、まるで太陽が穏やかに微笑むような感覚で、その一杯がまるで旅の中に秘められた魔法のようだった。


「それでも他の土地で取れた香辛料は貴重ですから行商人はいい儲けになりますよ。わたしたちも行商人に扮してもよかったかもしれませんね」


「塩はどうしてるの? この辺りは海から離れているから大変じゃない?」


「そうですね。塩は重いし需要が多いから商人はひっきりなしに訪れます。彼らも出来る限り、運べるところまでは水路や運河を使って運んでいると聞いています。後、少し値段が高くなりますが岩塩も使われていますから塩不足になることは少ないですよ」


物流を支える商人の行程は文化的生活の根幹を成すため街道整備も多くの人的リソースが割かれていると言う。


「あと蜂蜜を買い求めるのはですね。怪我をした時に応急措置をするのに有用なのです」


「え、怪我に?」


「蜂蜜は雑菌が含まれませんからこれを熱して切傷に塗ります」


「へー、そうなんだ」


「とは言っても、煮えたぎった状態で傷口に垂らすものですから冷めて乾くと傷口を塞いでくれますが火傷をするぐらい痛いんですよね。だからかすり傷程度ではそこまでしませんが、致命傷を疑われるときには迷わず使うといいでしょう」


「え、それじゃあ、いつも蜂蜜を持ち歩いてるのって?」


「姉さんが万が一深手を負った時の手当のためですよ」


急に紅茶の味がしなくなった。


希望少年は本の内容を一章読んでは休憩した。合間合間に著者の顔を思い浮かべる。


なぜか希望には主人公ヨナのビジュアルに著者である東上武こと東方勇の姿が重なって見えた。


「挿絵とはあまり似てないのになんでだろう?」


ライトノベルは今まで希望も読んだことはある。ライトノベルは基本的にパステルカラーの世界なのだと思っていたが、この作品はちょっと雰囲気が違うように感じた。


「なんて言うか、乾いた感じがする」


ライトノベルのメイン読者層は中高生から大学生と言われる。彼らの好む物語はひたすら華やかで艶やかな女性キャラクターが多数登場し、男性読者は主人公に自分を重ねて疑似恋愛を体験しているのだろう。


ライトノベルのメイン読者層は中高生から大学生と言われる。彼らの好む物語はひたすら華やかで艶やかな女性キャラクターが多数登場し、男性読者は主人公に自分を重ねて疑似恋愛を体験しているのだろう。


だから主人公は読者が自己投影できる平凡な、これといった取り柄のない中高生であることが多い。


そういうマーケティング的な設定への配慮はあまり無い作品だ。主人公の境遇も、逆に金持ちのボンボンとか、古武術の継承者一族の出身とか読者が自分がこうだったらいいのになと憧れさせる要素も無い。


身寄りのない寺で暮らす拾われ子。あえて言うならジャッキー・チェンの若かりし頃の拳法映画の主人公によく見られた設定だ。


やがて彼らは旅の目的地であるフィオレンティア王女の待つアルデンヴァル市国に辿り着く。そこまでは二人の旅を描く物語だったが、そこからは色合いが変わり、勇者ホムラの武術の修行シーンなどが多くなる。

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