第26話

この部屋の水回りは、他に小さな流しとお手洗いがあるだけだ。いまの季節には不要だが、暖房器具もあった。


「暖房はセントラルヒーティングなのね」


セントラルヒーティングと言う言葉はヨナに通じなかったが、各部屋に火の元を置くのは火事の恐れがあるとのことだった。


「せっかくならお湯にゆっくりつかって旅の疲れをとりたいものだわ」


「そうですね。どこの宿場町にも湯屋があります」


「ああ、『千と千尋の神隠し』みたいな」


ホムラはとっさにイメージできたが、ヨナは首を傾げている。実際のこの街の湯屋は銭湯に近い風情だった。


「ごめん、わからないわよね」


「湯に浸かるのは旅の楽しみです。この街にもあるでしょうが、外出は控えた方がいいかと」


宿は部屋のみを提供して、酒や食事は食事処や酒場に行くことを好む旅人が多い。勇者や旅人はどの小説でも酒場に行くと相場が決まっているのだ。


しかしお忍びの旅では行動は制限される。文字通りの丸腰で大勢の前に出ることはできない。


「うん、それは我慢するわ。でも、体は拭きたいわね。ヨナくん、ちょっと部屋から出ててくれる?」


「……! は、はい、今すぐ!」


ヨナもさすがに顔を赤くして部屋を出ようとした。


「あ、その前にお湯をもらってきてくれる?」


「はい、喜んで!」


と、居酒屋店員のような返事をするのだった。


一階に降りると宿の主人に頼み、ボイラーで湯が沸くのを待った。桶を二丁担ぐと部屋に戻り浴槽に湯を張った。


「なにかあったらすぐ呼んでください」


「ありがとう」


廊下に椅子を出して座り、彼女が湯を編むのを待った。扉越しにホムラが帯を解くのと衣の擦れる音がした。


「食事はどうするか」と考えた。ここまで、街道や山中の休憩処で食べ物を買い、包んでもらった。


「人目に触れる機会を減らすために外出は避けた方が良いだろう。ここまで来れば大丈夫か?」


大々的に賞金をかけられているわけでもなし。少数の捜索者が当てずっぽうに探し当てられる行動範囲でも無いだろう。


「おーい、ヨナ殿。酒場に行かんのかい? いや酒を飲めとは言わんが姉君も退屈するのでは無いかね?」


旅の同道者たちはウキウキと楽しげに出かけようとしている。彼らは行商人が多かった。他は故郷から離れて暮らす男が帰郷の途にあったり、手紙や小包を運ぶ職業の者。物流が発達していないから徒歩での行商人も少なくなった。他には薬師や医師なども町々を巡回する。


『ヨナ、要人警護というものはな。召使ではないのだぞ、ご機嫌取りよりお護りすることに専念しなければ』


ヨナの脳裏に師匠の声が蘇る。ご主人様に嫌われたとしても守らなければならないルールがある。


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