第25話

彼の国では、一度に千人を運ぶ交通手段があるとヨナも聞いていた。


「そうらしいわね。でも、私が元いた世界では列車は煙を出さないし、5分ごとに東西南北全ての方向に列車が出発するのよ。私たちが1日で進む距離も一時間かからないわ」


産業革命以前の牧歌的世界に生きるヨナに想像しろと言うのは無理な話だろう。


「とても文明の進歩した時代からいらしたのですね、姉さんは」


そう。ホムラ・エンジョウはヨナとは異なる国、いや異なる地平から次元の壁を超え救国の英雄として召喚された女性騎士だ。


本人曰く、剣の腕はからっきしで覚えもない無いと言う。


ヨナは彼女を、召喚主のフィオレンティア姫殿下に代わりアルデンヴァル国まで護衛して連れて行く任を与えられた。


「私のいる世界ではあなたたちが魔法と呼ぶことの多くを機械を使って再現できる。でも、真似できないことも多いわね。外国にいる人間と話をすることができる。空を飛んで海や山を越える乗り物がある。でも、精霊や異世界の人間を呼び出すことはできないわ」


日が暮れる前に目標の宿場町まで着いた。旅の同胞たちはヨナを酒場へ連れ出そうとしたが固辞した。宿を取る際に彼らが代表して部屋を借りてくれたので名乗らずに済んだし、必要以上に顔を見られずに済んだのは思いがけない団体旅行の効用だった。


ヨナは旅籠の周囲をぐるぐる歩き回って屋内も怪しい人間がいないか襲撃を受けた時の退路を確認して部屋にもどってきた。


「あらかじめ決めた宿に泊まるのでは無いし警戒しなくても大丈夫じゃない?」


「広範囲を捜索するなら逆に旅籠に絞って聞き込みをするかもしれません」


これから二人で夜を過ごすのだが、使命感に燃える少年はまだ幼いところもあり、年長の女性はあくまでも彼を弟分としか意識しなかった。


「ねえ、ヨナくん」


「呼びすてでいいですよ、『姉さん』」


少しモジモジしてホムラは言った。


「これまで貴族や商人の館を渡って泊めてもらったのでお風呂も困らなかったのだけけど、ここはどうなってるのかしら」


「体を洗いたいのでしたらその衝立の向こうに流しと湯船があります。お湯をもらってきましょうか。一階にも浴室があるようですが部屋から出ない方が良いかと」


「どれどれ」と、ホムラは衝立の向こうを覗きこんだ。


「あら、ほんと。小さな湯船って言うか行水しかできないわね」


湯船と言うより桶から体にかけた湯を受ける樽の背を短くしたものに見える。くつろいで脚を伸ばすほどの奥行きはなかった。


「貴人が泊まるような大きな宿では、部屋ごとに浴室や暖炉などもあるようですが私も泊まったことがありません」

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