第19話 王子とワークショップ
桜堤団地では創作ワークショップが続いていた。東方勇は自分が出版社と取り引きがあるだけあって大学生にしては出版界の現状に詳しかった。
周囲を見回すと新聞を読む人が減り、本が売れなくなり、選挙があっても投票に行かなくなったと言う。勇はその変遷をリアルタイミングで知りはしないが、編集者が嘆くのをよく聞いていた。
「いいかい、勇くん?」
小説家デビューした頃、編集者は勇のことを東上先生と呼んだが、彼はその呼び方を固辞した。この業界では自分を未熟な若輩者と自覚していたからだ。武術の師範としてなら甘んじて受け入れただろう。それだけの自負があるから。
誰もが知るように本が売れない時代だ。
「出版不況と言われる状況をわかりやすく説明しよう。書店の売上は最盛期が1996年で、売上は約2兆6000億円の産業だった。内訳は書籍が1.1兆円で雑誌が1.5兆円。出版業界を2兆円市場と言うのはこの時代の数字を基準としている」
1996年はちょうど勇が生まれた年だ。東方勇という人物は存在しないが、アーシェスと呼ばれる異世界にはヨナと言う名の赤ん坊がうぶ声を上げていた。
2兆円は国家予算の40から50分の1と聞くがそれがどれほどの経済規模かいまいちピンとこなかった。
「この頃をピークとして、次に統計調査で注目を浴びたのは2013年。この年の書籍の販売額は7851億円に落ち込んだ。雑誌の販売額は8972億円で本と雑誌の合計で1兆6823億円」
物書きは書くことだけに専念していればいいと言う人間もいるが、勇は出版に携わる人間の端くれとして関心を持った。
「出版業界志望でもなければ大学生には興味を持てないかもしれないが」との編集者の言葉に、「そんなことないですよ。わたしは高校生の時から新聞の配達してましたから新聞を購読する人が減ったという話はよく聞いてました」
新聞を購読する人間が減っても新聞を読む人が減ったとは限らず、むしろインターネットなどのニュースサイトで記事を読む人間が増えている。お金を惜しむ人が増えただけかもしれないが、新聞を購読することには値段以上の価値があると配達所の所長はよく言っていた。それについてはまた後ほどにする。
「おお、それは感心」
「この内訳だけを見ると本つまり書籍の売り上げが8割強に落ち込んでいるのに対して、雑誌の売り上げが6割弱でより減ってますね」
勇は今どきの学生にしては数字にも強かった。元いた世界でも算術に長ける者は食べるに困らないと言われていた。
「書籍に輪をかけて雑誌の衰退が著しい。購読していた雑誌が休刊することも珍しくないと感じている人が多いだろう」
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