第18話

(よく似ている、なんてものじゃない。バームに瓜二つだ。しかし年齢が合わない。世の中自分に似た人間が3人はいると言うけれど)


「やあ」と勇が声をかけると少年も無言で会釈をして返した。


団地内は、中心に広場があるので大人の目が届きやすい。あちらこちらで子どもが集って遊んでいる。ボール遊びなどしているのは比較的低学年の子どもで、携帯ゲーム機をもって向かい合ってプレイしている子どもが目立った。それより幼い子どもは母親たちがおしゃべりをするかたわらで20センチほどの段差を登ったり降りたりの動作を繰り返していた。そんなことでも幼児には楽しいのだろう。中学生以上は部活動か外に遊びに行く姿しか見ない。この場にとどまることはしない。


勇の目の前の少年は10歳前後だろうか。一人でたたずんでいるのは友だちと待ち合わせしているのだろうか。とくに不審に思うところもないのでそのままカフェに入った。


今日は土曜日だから逆に見かけないが、平日は4時を過ぎて下校時間になるとカフェに顔を出す子どももいるらしい。カフェには交替で住民や大学のスタッフ・学生が詰めて施設管理をしている。


「あら、王子くん。中に入りなさいよ」


彼の名前は王子と言うそうだ。スタッフの方とは顔なじみのようだ。コミュニティカフェに限らず団地内の店舗は有事の際の子どもの退避場所にもなる。不審者に声をかけられたときとか子どもが逃げ込めるようにとのことだ。ただこれは完全なボランティアであり、施設でも日ごろ研修があったりすることも無いそうだ。だから勇ももし何かことが起きれば適切に対処できるよう心がけをしている。


王子少年が屋内に入る。20畳ほどのスペースの半分が、テーブル席。1/3ほどのスペースが音響設備とデスク、キッチンになっている。コミュニティカフェは喫茶店ではないが、その気になれば営業もできそうだ。


奥のスペースがステージになっていて発表会や音楽の演奏などもできるようになっている。少年もここで時間を過ごすことに慣れているようで違和感なくそこに座っている。


勇はこれからやろうとしていることが小学生には理解できないだろうと思った。他に5名ほどの住民がいる。いずれも年齢は高く、少年は自治会の会合の隅に祖母父母に連れてこられた孫が一人座っているという風情だった。


一つのテーブルは4人座れる大きさで、それらを4卓合わせて2列にした。勇は一番隅、少年と対角線の角に座り自分のPCを開いた。予め用意してくれていたプロジェクターにHDMIケーブルをつなぐ。彼はこれから本の作り方というワークショップを行う。住民を生徒に見立てての講義だった。


「前回は、物質としての本の作り方についてお話ししました。今日からは本の中身である物語の作り方について説明しようと思います」


彼は学生である自分が他人に教えを授けるなんて考えたことも無かった。家庭教師のアルバイトをする大学生や教育実習に行く者もいるだろうが、自分はそういうタイプではなく、高校を卒業するまでは周囲に比べて平均的なコミュニケーション能力にも欠ける人間だと自他ともに認めていた。


物書きを目指す人間はだいたいそうなのだが、とりわけ彼のコミュニケーション能力の不足には他の人間と違う理由もある。

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