第17話
いまやネット小説の投稿サイト出身の人気作家は多くいるが、実績ができると新作は書下ろしで出版社から刊行することが多い。他方、勇のように新作も変わらずネットで発表する作家もいた。出版社もどちらかを強いることは少ない。ネットに掲載すると無料で読めるが、宣伝効果も高く、本になった時にはネットに掲載された際の荒い文章が推敲され、美麗な挿絵や扉絵がつくので改めて購入する付加価値があるのである。
さて、彼はどんなジャンルの小説を書いているのか。このサイトにおいて一番人気があるのは、ファンタジー小説。なおかつ恋愛要素のある作品。ごく普通の学生が異世界から召喚魔法などによって呼び寄せられ、現地で現代知識を駆使して活躍するという筋立ての作品が定番であった。
1時間ちょっと執筆活動を行い、文章を保存した。後でもう一回読み直して投稿する。
桜堤団地の最寄り駅に武蔵境駅がある。若者の住みたい街NO.1の吉祥寺に近い地域だ。
団地そばには東武ストアがあり、駅周辺にも飲食店は多い。が、今日のところは昨日買っておいた豆腐、納豆にご飯とみそ汁が朝昼兼ねる食事となった。
「そろそろ行くか」
午後3時の約束だった。部屋を出て階段を降りる。同じ建物がずらりと並ぶ団地の中庭を歩いて二丁目方面に向かう。団地の区画をほぼ端から端まで歩く。
団地にはコミュニティカフェと呼ばれる施設がいくつかある。コミュニティカフェとは住民が中心となって運営され、地域の交流や情報発信の拠点となる施設のことだ。運営者も行政がかかわっていたり、NPO法人であったり、施設やグループごとに取り組むテーマも異なる。
勇が参加しているカフェは、彼の通う大学が運営に携わっていて、学生が一定時間数、ここでの活動に参加するとボランティアの単位も付与される。一般的に大学生が卒業するまでに習得しなければならない単位数は126単位。週一回の授業に1年間出席して試験の結果単位を得られれば4単位。前後期の半期いずれかで完結する科目であれば2単位が与えられる。
とくに卒業が危ないような学生でも勇は無かったので、単位にこだわることは無かったが彼の執筆活動を知った教授から勧められてこのコミュニティカフェ「武蔵野ネット」に参加することにした。
「武蔵野ネット」は、二丁目端の棟の1階にある。ふとカフェの前で足を止めた。建物の壁にもたれるように地面に座っている少年がいる。その少年に勇は見覚えがあった。かつて旅をして暮らしていたころの同胞(はらから)によく似ている。もちろんその人物がいまここにいるはずはない。
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