第15話 ライトノベル作家の朝は早い

ライトノベル作家の朝は早い……嘘です。


 ここは東京都武蔵野市にある団地の一室。印税が入ったので、それまで住んでいた新聞販売店の住み込み部屋から引っ越して一年が経つ。


「ずっと毎朝3時に起きていたのに早起きできなくなったなあ」


 この部屋の主は嘆息する。新聞配達の仕事を辞めて生活サイクルが狂ってしまったようだ。


「自分には少しおしゃれすぎるかもしれない」


 らしくない部屋なのは事実だが、そろそろ馴れてもいい頃だ。築年数はそこそこ古いが、有名アパレルメーカーとコラボレーションされたリノベーション工事が入り、部屋の内部は新築のデザイナーズマンションのような瀟洒な作りになっている。


 壁にかかった時計を見ると午前11時を過ぎていた。今日は土曜日。彼の時間割に大学の授業は無いが、午後近隣に用事がある。


「起きるか」


 若いころ、と言って今でも彼はまだ21歳だが、少年時代は旅をよくしていた。そのせいでどこでも寝ることができた。柔らかいベッドよりも、床の上に布団を敷いて眠る方が好きだった。キャラバンに参加し、行商人のテントにやっかいになることもあった。絨毯敷きだとなお良い。ここではフローリングの床の上に畳を2畳分買ってきてその上に布団を敷いて寝床とした。リノベーション会社のサイトではこの部屋と同じ間取りの白を基調とした部屋に、やはり白いシングルベッドが似つかわしいと推奨されていた。昼間出かける予定が無い日は、敷布団か掛け布団のどちらかをベランダに干している。


 季節は秋。暖かくも寒くもない過ごしやすい季節である。日は短くなってきたから、午後4時前には取り込んだ方がいいだろう。


 日課がある。


 MacBookの電源を入れてパスワードを入力する。小説を書き始めたころ、同じオフィスソフトを使用するのにもMacはWindowsマシンよりアプリの起動が遅く、アップデートが頻繁に入りなかなか作業に入れないのでまどろっこしいと思っていた。しかし最近は大学の講義の宿題でレポートを書く以外はワープロソフトで原稿を書くことも少なくなっていた。


 ワープロソフト以外にも、小説家にとって執筆に適したエディターソフトがいくつも存在してどれを使うかは作家の好みであるのだが、最近は特に小説家志望者に人気のwebサービスがあり、オンラインストレージにテキストを保存することが多い。


 Macを好むのは、音声認識と直感的な操作性が優れているからだ。


「hey,siri」


「はい、何をしますか」


iPhoneユーザーにはお馴染みの機械音声が返事をする。

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