第11話

「小夜子はどうしてますか」


勇にとって自分のことより彼女のことが心配だ。


「それが、彼女は自分が何をしたかよくわかっていないみたいで、お母さんを通じて言い含めているところよ」


「自分がアパートに戻れないのなら、小夜子はどうなりますか?」


「お母さんと一緒にどこかホテルに泊めるわ」


角丸出版が匿うとのことだった。


「自分もそこへ向かいます」


「ダメよ、来ない方がいいわ」


勇の申し出を浅川は拒む。


来れば、記者に見つかる可能性がある。


「東上先生はどこか泊まるアテはあるの?」


「自分は野宿でもかまいません」


とにかく早く小夜子に逢いたいのだ。記者を蹴散らしてでも彼女のもとに駆けつけたかった。


話している内容を察したのか、傍の女性が「ここに泊まりなさい」と言う。


「でも、泊まるアテが見つかりました」


「そう、雪城さん親子を落ち着かせたら電話で話してください。話す前に、会見の中継を見た方がいいでしょう」


それから浅川は会見場で起きたことの概略を話した。


電話を切った後、彼は家主に向き合う。


「本当にここに泊まっていいんですか」


家主の女性は微笑みを浮かべる。


年の頃は二十代半ば。真面目で冷静沈着な女性に見えた。都心の高級マンションに住む住人らしき身なり。金銭面でも余裕があるのだろう。


マンションはオートロックで、住人しかエレベーターホールに入れない。


こんな高級マンション、と言うよりフロア全てを占有するオーナーだった。名前は朝倉麻里亜。それが彼女の名前だ。


その部屋に勇は時折、出入りしていた。


「迷惑かけてすみません。麻里亜さん」


「なに言ってるの? あなたをここに招いているのはわたしよ」


もう一年経つだろうか。勇が小夜子の文芸指導を始める少し前に麻里亜と知り合った。知り合ったと言うより、作家、東上武に実業家の朝倉麻里亜から出版社を通じて猛烈なアプローチがあったのだ。

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