第10話
そう語り合う、作家の青年と謎の女性。彼と彼女は誰か。
1人は大学生ライトノベル作家として一部界隈に知られる東上武。東上武はペンネームで、本人は東方勇と普段名乗っている。
スマートフォンの着信音が響いた。勇のものだった。
「もしもし」
「あ、東上さん? 浅川です」
彼の弟子である雪城小夜子の担当編集者だった。今日は小夜子の芥川賞受賞記者会見の会場に付き添っているはずだった。
「そろそろ会見が終わった頃ですよね。無事に終わりました?」
浅川は会場のロビーにいて、会見後、東上に電話をかけた。東上が電話に出るとすぐ本題を切り出す。
「会見は想定した通り、順調に進んだし、小夜子ちゃんもハキハキと答えてて良かったんだけどね」
東上は電話口で、浅川の歯切れの悪さを感じる。
「最後にちょっと問題発言しちゃって」
東上の脳裏に小夜子の顔が浮かんだ。健気で前向きな可愛い弟子。
「なんです? 問題発言って」
「今日の会見は17時以降の各局のニュースで流れるわ」
早いものでNH Kの夕方のニュースで紹介されるだろう。文化面のニュースも通常、民放より長く尺を取るはずだ。
そこで受賞の背景と、これからの抱負が語られ、小夜子が語ったことがそのまま放送されるだろう。
「東上先生は今自宅?」
「いえ、外出中です」
「アパートには帰らないで」
「え? なんで」
「これから週刊誌の記者が押し寄せるわ」
さらに言えば東上武と雪城小夜子のアパートは同じ建物の隣室同士だ。
「小夜子ちゃんとお母さんにも自宅に帰らないように伝えたわ」
先ほどの記者会見の爆弾発言と師匠と弟子がアパートの隣人同士だったと分かればゴシップになるのは確実だ。
東上の自宅に記者が押しかけ、下手をすれば会見の内容を根掘り葉掘り訊かれることになる。
記者は興味本位に2人の関係を記事にするだろう。そして記事になっていることをいいことに、拡大解釈してあることないこと吹聴するアンチも現れるだろう。
今までは小夜子を気遣って記事にはならなかったものまで掲載される可能性もある。小学生の弟子とアパートの隣人であることもまずいのではないか? そんな声が上がり始めればイメージの失墜は免れない。
そこまで行かなくても、日本有数の純文学作家と若くて容姿端麗な女子小学生との同居生活を面白おかしく書き立てる週刊誌が出回ることは確実だ。
そんなことになったら小夜子の人格が疑われるし、彼女の将来にも影響する。
そんなことはあってはならないのだ。
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