第9話
「それにもう彼女も取材慣れしてる」
「芥川賞の選考委員会から電話があった時はあなたも同席してたのよね」
最終選考に残った候補者には、あらかじめ当落をいつ知らせるかが知らされていたため、勇も雪城小夜子のアパートで彼女の母親と編集者の浅川と共に待機していた。
一般的に文学賞の受賞者は、審査結果が出た直後に電話で知らされると思われている。審査委員会や賞の主催者が受賞者に対して連絡を取り、その後に一般公表となる。また、一部の受賞者は受賞の瞬間に立ち会うことも。賞の主催者や審査委員会は通常、受賞者にとって喜ばしい瞬間であることを考慮し、丁寧な連絡手段を選ぶのだが、最近は文芸コンテストも無数にあって、その連絡は簡素化されてメール連絡なので済ませるのだが、さすが天下の芥川賞である。
選考委員から電話が入った。電話を取ったのは母である。隣に小夜子と勇と編集者の浅川が控えている。
「選考委員会の永井と申します。今回受賞されました雪城小夜子さんのお母様でしょうか」
電話口に出ると、第一声から穏やかな物腰で、感じの良さそうな女性の声であった。
「はい。いつも小夜子にはお世話になっております」
「ああ! あなたがお母さんですか。この度はおめでとうございます」
「ありがとうございます。今、本人に変わりますね」
小夜子は緊張していた。
「永井と申します。今回の受賞おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「選評をお伝えしたいのでお電話をさせて頂きました。お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
浅川が隣の小夜子を見遣る。小夜子は、浅川と目を合わす。
それから小夜子は電話を耳に当てながら、浅川と勇を横目で窺う。
雪城小夜子が芥川賞を獲った日は、四人でお祝いをした。
ささやかな家族のパーティー。
あの時の母は、小夜子によく似た目を潤ませて喜んでいた。
「とても楽しい夜だった」
長身の女性は彼と雪城母娘と目の前の青年との関係性をある程度知っていた。
「その後の取材はどうだったの?」
「すごかったよ! 質問も厳しいものが多かったし」
「小夜子ちゃんはちゃんと受け答えできてた?」
「照れくさいけど嬉しそうな感じ。でも質問にはしっかり答えてたよ」
「それはすごいね。何か印象的な言葉とかあった」
「うーん、なんだろう。彼女は『書くことが私の中で芽生え、成長していく感じがあって』とか言ってた。自分の中で何かが芽生えるって、なんだか心に残るよね」
「感動的な瞬間があったんだね。それで、他にどんな話があった?」
「質問では、今後の展望とか、作品に込めた思いとか、そういう深い話もしてた。すごく真剣に取り組んでいる感じが伝わってきた」
「それは見逃せないね。でも、芸術ってなんだか奥深いなあ。自分の内面と向き合ってる感じがする」
「そうそう、芸術って深いよね。書くことは孤独だけど、読者とのつながりがあるからこそ価値がある。でも、孤独とつながりのバランスって難しいんだろうな」
「わたしももっと読書しておかなきゃ」
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