第6話

ベストセラー作家であっても、新人でメディアへの露出も無ければ、一人一人の作家の人となりが記者に認知されていることは無い。


しかし小夜子の担当編集者である浅川はそうではなかった。彼は出版業界に勤めて30年以上が経ち、ヒット作をいくつも手がけたベテラン編集者だ。彼は今日の会見の概要を把握していた。当然、雪城小夜子の文学面での指導者に質問が及ぶことは予想できた。


小夜子は浅川に目配せをすると、続きを話す許可を求めた。浅川は快くうなずく。


小説家、東上武が小夜子の文学的 今日才能を見いだし指導したのだという。小学生の女の子にとって実の親や親類以外で一番身近な大人がこの東上氏なのだそうだ。


担当編集者は違うが、彼も角丸出版と契約する作家であり実は、小夜子を売り込んだのも彼だった。芥川賞受賞前から現役女子小学生ライトノベル作家のデビューは大きな話題となり、作品もヒットした。今回の芥川賞受賞でさらに既刊も売れ行きが伸びるだろう。


この成功は彼女の才能と東上氏の感性によるものだと言えるだろう。


しかし、才能のある小説家という者は例外なく変わり者であることが多い。小夜子という少女の才能を見いだした東上武もまた、変人の類である可能性は高いだろう。だからこそ浅川には気になることがあった。小夜子が話し終えると、記者は別の質問を投げかけた。


「東上さんはこの受賞について何かおっしゃってましたか?」


「えっと……『実力です』って」


「……それだけですか?」


「はい、それだけです」


「………………」


確かに彼は変わり者だが、こうもはっきり言い切るとは。しかし、浅川にはその答えがしっくりきた。東上という人は正直であり、そして確信があったのだろう。自分の育てた少女が芥川賞を取るのだという確信が。


「東上さんは今日はいらっしゃらないのですか?」


「はい、でもお祝いの式には来てくれるって言ってました」


きっと、これから東上武への取材申し込みもあるだろう。浅川は時計を見た。そろそろ、終了予定の時間だ。マイクを取る。


「一通りの質問も出揃ったと思います。本日はここまでとさせていただきたいと思います。これから折りに触れて、積極的に取材に応じるつもりですので、これからもよろしくお願いいたします」


これは嘘ではない。取材を受ければ受けるほど彼女の本が売れる事は間違いない。


「そうですか、では最後に読者へ一言お願いします」


小夜子はちょっと照れ臭そうにしながらこう言った。


「みなさんのおかげでこのたび『虹路の絆』で第***回芥川賞を受賞することができました。ありがとうございます!」


「ああ、それから、もう一つだけよろしいですか?」


聞き忘れたことを思い出したように記者が手を上げた。


「恩師の東上さんにも一言どうぞ」


これは気の利いた質問だったろう。


「東上先生は」


小夜子は少し目を閉じてから最後の質問に答えた。


「尊敬する先生へ、芥川賞を受賞するこの瞬間に、わたしは先生のご指導に心から感謝しています。先生のおかげでわたしは自らを見つけ、成長することができました。先生がわたしに与えてくれた指導は、わたしの文学への情熱を深め、自分自身を理解する助けとなりました。先生がいつもわたしに求めてくれたクリエイティビティと独自性が、この受賞に結びついたことを心から嬉しく思っています。先生の啓示的なアドバイスは、わたしがこれからも成長し続け、新たな表現を模索する原動力となります」


流石に文学的素養を研鑽した少女、小学生とは思えぬ語彙で師匠への感謝の気持ちを述べていくが、話しているうちに感情がこもっていく。


「わたしの人生に光を照らしてくれた先生、尊敬していて、唯一、仰ぐべき東上先生、いつもわたしを見守ってくれているお兄ちゃん、わたしはそんな先生のことを……愛しています!」


会場が凍りついた。

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