第10話 対ウルフ戦

 ウルフの群れは私と女神様が初めて出会った湖のある方角で確認されている。

 

 村を飛び出した私と女神様は湖を目指してひたすら木々の間を駆け抜ける。

 女神様は私の手を引いて振り返ること無く、ガンガン森の中を突き進んでいた。


 私の前を走る女神様の顔は見えない。

 だけど、今の女神様からはさっきまでのオロオロとした雰囲気はこれっぽっちも感じられなくて、私の想いに必死になって応えてくれようとしていることが、力強く握られた手のひらから伝わってくる。

 

 村の人たちの反応から、ダンさんたちがウルフと遭遇せずに帰還するのが難しいことはわかっている。

 つまり、それは私たちがこれからウルフの群れに突っ込み、嫌でも戦うことを指している。

 女神様もきっとそれをわかっている。

 

 私も気を引き締めなきゃ。


 私を導く女神様の手に力を込めた。

 

 今回は大丈夫!



   ◇   ◇   ◇



 走り続けて息が上がり始めた頃、何かを見つけた女神様が足を止めた。

 女神様の視線の先をたどれば、特徴的な灰色の毛並みが目に入った。


 いた!


 目の前にいるウルフたちはこちらに背中を向けている。

 ウルフたちの視線の先では、ダンさんが一人の男性と背中合わせで、短剣や弓を構えているのが見えた。

 ダンさんの後ろには、負傷して動けない様子の人がいる。


 ウルフたちは動けないダンさんたちのことを囲んでいるみたいだ。

 私たちの前に見えるウルフの数は三匹。


 仲間たちと連携を取って獲物を狩るウルフの習性を考えると、左右にも同じか、それ以上の数のウルフがいるはず。


「女神様! 水ってどう出すんですか!」


 私が尋ねると女神様は右の手のひらを前に差し出した。

 そして、左手で握りこぶしを作って、胸のあたりをドンドンと二回叩いた。

 

 ……どうしよう、何を言っているのかさっぱりわからない。


 首を傾げてわからないことを伝えると、女神様はまた胸を叩いて、次に私の胸を叩いた。


「……心で感じろ?」


 わけも分からず、暑苦しい体育教師みたいなことを言ってしまった。

 だけど、女神様は私の言葉に頷いて、両手をウルフに向けてグイグイと押し出した。


「よくわからないけど、感覚でどうにかしろってことですね!」


 女神様が私の右手を取って、ぎゅっと握る。

 私は反対の手のひらを開いて、前方にいるウルフに狙いを合わせた。


 女神様が前にやったみたいに、手のひらから水を出して、叩きつけるイメージを頭の中に思い描く。

 すると、体の奥のほうから何かが湧き上がる感覚と、女神様の左手からじんわりと温かい何かが流れてくる感覚が湧き上がる。


 いけそう!


「当たれー!」


 気合を入れて声を上げると、手のひらから勢いよく大量の水が飛び出した。

 飛び出した水は、そこら辺に生えている木々よりも太い水柱となって、ウルフに襲いかかり、ものすごい勢いで吹き飛ばしていった。


「わっ!」


 ついでに噴射の勢いが強すぎて私も後ろに吹き飛ばされそうになったけど、女神様が支えてくれたおかげで、既の所で踏ん張ることが出来た。

 私の出した水柱はこの前の女神様のものより一回りほど大きかった。


「ありがとうございます女神様! やり方わかりました!」


 また、視線をウルフたちに戻す。

 仲間が吹き飛ばされたことに気がついたウルフと、ダンさんたちが一斉にこちらを向いた。


「女神様! ダンさんたちと合流しましょう!」


 私が女神様の手を引くと、力強い頷きが返ってきた。

 二人でダンさんたちがいる方向に駆け出す。


「女神様、右側は任せましたよ!」


 私たちは走りながら水を放出して、行く手を阻む二匹のウルフを吹き飛ばした。

 水を抑えるように意識したおかげで、今度は反動を受けずに攻撃することが出来た。

 

 だけどこれ、思ってたよりずっと難しい。


 水を出す方向、水の量、水の勢い、これらを意識して調整する必要があって、見た目より全然簡単じゃなかった。

 私は後ろに吹き飛ばされない程度にたくさんの水を一気に叩きつけて、目の前のウルフに命中させた。

 

 一方で女神様は、少ない水を勢いよく飛ばし、正確にウルフに命中させている。

 大量の水を叩きつける私と違い、女神様は少量の水で素早く攻撃しているから、次の行動に移るスピードも早い。

 女神様は目の前にいたウルフを吹き飛ばすと、すぐに攻撃の対象を右にいる三匹に移行していた。


 女神様すごっ!


 私の隣で次々とウルフを倒していく女神様の姿は、普段おっとりとした様子で私の頭を撫でてくれる時とはまるで別人で、とても頼もしくてかっこよく見えた。


 私も負けてられない! 


 左側にいた三匹がこちらへ一斉に駆けてくる。

 私は女神様のように器用に水を調整して命中させることなんて、たぶんまだできない。

 

 それなら!


 左側にいる三体に両手を向ける。

 ギリギリまでウルフを引き付けてから、一気に蛇口を捻るみたいに、まとめて水を放出した。


 二つの水流が合わさって、最初の一撃よりも太い水柱が三匹に襲いかかった。

 三匹のウルフは後ろに吹き飛ばされた後、大量の水によって流されていった。


「いてっ」


 攻撃の勢いでしりもちをついちゃったけど、女神様がさっと駆け寄ってきて、立ち上がらせてくれた。

 お礼を言う間もなく、前を向いた女神様が私の手を引いて、そのままダンさんの元へ駆け寄った。

 

「ダンさん! 無事ですか!?」


「アマネさん!? どうしてここにいるんですか!?」


 ダンさんの元へ合流して、私と女神様でダンさんたちを挟むように辺りを警戒する。

 

「説明は後です。動けますか?」


 ダンさんたちの奥のほうで、こちらを睨みつけていたウルフたちが一気に駆けよってきた。

 ウルフの数は六匹。

 女神様が素早く右腕を振って水を射出し、半分を捌いて吹き飛ばす。

 私も遅れて反応して、二匹を吹き飛ばした。

 漏れた一匹が私に近づいてきてたけど、それも女神様が素早く対処してくれた。


「怪我人が一人います!」


「今なら逃げられる! 俺を置いていけ!」


 怪我をしている村人が切迫した口調で私達に訴える。

 だけど、私はそれを無視してダンさんに声をかけた。


「ダンさん、この人運べますか!?」


「しかし、この状況だと……」


 ダンさんが苦々しく周りを見渡す。

 私と女神様が吹き飛ばしたウルフたちが少しずつ、立ち上がり始めていた。

 迷っている時間なんてない。


「ウルフは私と女神様が引き受けますからっ! 運べますよね!?」


 私が有無を言わさず一気にまくしたてると、ダンさんは少しだけ迷う素振りをみせてから、立ち上がろうとしているウルフたちに視線を巡らせた。

 そして、時間がないことを悟ったダンさんは覚悟を決めたみたいだ。


「……わかりました。お願いします」


「おい! 俺は放って置け! 女神様たちを危険な目に合わせるんじゃない!」


「うるさい! あなたが帰ってこなかったら悲しむ人だっているでしょ!? 絶対、私と女神様がどうにかするんだから!」


 ウルフに囲まれているこの状況に焦った私はいきり立って、強い口調で男性を黙らせた。 

 怪我をしている男性は私の言葉を受けると、苦しそうな表情を浮かべてから俯いた。 


「……すまない」


「こいつは任せてください」


 ダンさんが負傷している男性を背中に担ぐ。

 起き上がってきたウルフたちが再び、私たちのことを囲み始めていた。

 

 数は、七、八匹くらいかな。


 私と女神様はダンさんたちを挟んで狼に向かい合う。


「女神様! 正面をお願いできますか!」


 私たちがこの状況を脱するには、立ち塞がるウルフたちを相手に、正面突破をする必要がある。

 だけど、後ろから襲われないようにダンさんたちの後ろも警戒する必要がある。

 まだコントロールが定まらない私一人では、逃げ道を切り開くのは難しい。

 だから、女神様に正面突破をお願いして、私がしんがりを務めることにする。

 

 立ち塞がるウルフたちを睨んでいると、背中から胸をドンと叩く、頼もしい音が聞こえてきた。

 

「じゃあ、三つ数えたら行きますよ!」


 突撃のタイミングを図ろうとした時、一匹のウルフが唸り声をあげた。

 それも他のウルフたちよりも目をギラギラさせていて、こちらを睨んでいる。

 

 ……なに?


 よく見たら、そのウルフは他の個体より、一回りほど体格が大きかった。

 

 ……もしかしてこの前のボスっぽいウルフかな。


 こっちを睨むウルフの唸り声は徐々に大きくなって、最後は遠吠えとなって森中に響いた。

 次の瞬間、森が揺れるような遠吠えが響き渡り、地面が揺れた。

 その遠吠えはまるで、仲間の声に応えているみたいだった。

 私の前方から木々をかき分けて、何かが迫ってくる。

 そんな予感がした。


「急ぎましょう!」

 

 さっき決めた合図も忘れて、私は急かすように声をかけた。

 私の意図を読み取ってくれた女神様が、誰よりも早く駆け出した。

 

 女神様の前にいるウルフは四匹。

 ウルフたちは狙いを定めさせまいと、左右にジグザグに跳躍しつつ、女神様との距離を詰めようとする。

 だけど、女神様は一切攻撃しないまま、自分からウルフたちとの距離を詰めていった。

 女神様とウルフたちの距離が目前に迫った時、女神様は軽く跳躍してから、重ねた両手を足元に向け、水を短く噴出した。

 噴出した水の勢いを利用した女神様は、ウルフたちの頭上へ高く跳んだ。

 女神様は眼下にいるウルフを見下ろし、勢いよく右手を地上に向ける。

 そして、右手から大量の水を生み出して、重力と合わせながらウルフたちに叩きつけた。

 頭上から降り注ぐ滝のような水の勢いに、ウルフたちは耐えきることが出来ず、まとめて四匹が地に伏せて倒れた。

 女神様は着地してから後ろを振り向いて、私達に目線で合図した。


 女神様が切り開いてくれた道をダンさんたちが駆け出す。

 私も後ろを警戒しながらついていく。


 女神様はダンさんたちが追いつくまで、後ろから迫るウルフの対処の援護をしてくれた。

 女神様に追いついた私たちは、女神様を先頭に村を目指して駆け出した。


 後ろから迫ってくるウルフの数は三匹。

 ウルフたちはこちらの攻撃に当たらないように、また不規則に動きながら駆けてくる。

 私は女神様と違いまだ命中率に難があるから、不規則に迫りくるウルフたちに的確に攻撃を当てることが出来ない。

 だから私は女神様の真似をするみたいに、少量の水を飛ばすようにして、あくまで牽制することに専念した。

 私のことを睨みつけているウルフは、距離を縮めることが出来ないことに苛立ったのか、また大きく吠えた。

 仲間の声に大きく応えるような遠吠えがまた聞こえてくる。

 遠吠えがどんどん近くなっている。


 すると、遠吠えを聞いた女神様が振り返って、私の方へ駆け寄ってきた。

 女神様は私とすれ違って、迫りくる三匹の前に立ちふさがった。


「女神様!?」


 突然、引き返してきた女神様に戸惑って振り返る。

 すると、ウルフたちも一斉に立ち止まり、三匹が一斉に吠えた。

 また森を揺らす、遠吠えが聞こえる。

 遠吠えはすぐ目の前から聞こえてきた。


 次の瞬間、私たちを追ってきたウルフたちの後ろから、そこら中に生えている樹木と同じくらいの大きさの黒い獣が現れた。


「な、ハイウルフだと!?」

 

 女神様は私の目の前で、ダンさんがハイウルフと呼んだ獣と対峙する。

 私とすれ違いざまに見た女神様の横顔は、今までで一番、焦っているような表情をしていた。


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