第11話 対ハイウルフ戦

 ダンさんは目の前に現れた、ハイウルフと呼ばれる獣に目を見開き驚いている。

 獣は全身が黒い毛皮に覆われていて、その毛先は怪しく紫色に輝いていた。 

 今までのウルフと違った様相の獣はこちらのことをギラギラと睨んでいる。

 

 あの大きかったやつ全然ボスじゃないじゃん!

 

 さっきまでボスだと思っていたウルフが、また吠えた。

 その姿はまるで、自分のボスに何かを伝えているみたいだった。


 遠吠えを受けたハイウルフの視線が私を捕らえた。

 

 え。


 ハイウルフと目が合うと、私に向かってすごいスピードで駆け寄ってきた。

 今までのウルフとは違うとんでもないスピードに私は反応することができなかった。

 

 この場で反応することができたのは女神様ただ一人だけだった。

 女神様は私に抱きつくように飛びついて、ハイウルフの突進を避ける。

 そして、地面にぶつかる直前に片手から水を放出して、バランスを整えた。


 し、死んじゃうかと思った。


 すぐ傍を通り過ぎたハイウルフの巨体を目にして心臓が高鳴った。

 女神様が助けてくれなかったらと思うと、生きた心地がしなかった。

 

「あ、ありがとう、女神様」


 私は女神様の腕の中で、助けてくれたことについてお礼を言う。

 だけど、ハイウルフを真っ直ぐに見据えて警戒している女神様に、私の声は届いていなかった。


「アマネさん! ハイウルフは今までのウルフとは比べものになりません! 急いで逃げてください!」 

 

 叫ぶダンさんの表情は切羽詰まっていた。

 見上げれば女神様も軽く唇を噛んで、焦ったような顔をしている。

 

 女神様に攻撃を避けられたハイウルフはすぐにこちらを振り返って、また私達に狙いを定めて飛び込んできた。


「わっ」


 女神様は私の腰と膝の裏に腕を回して抱きかかえると、ハイウルフの攻撃を横に飛んで避けた。

 ハイウルフの攻撃を避けた先で待ち構えていた、三匹のウルフも飛び込んでくる。

 女神様は足の裏から水を射出して、高く飛び上がり、近場の樹木の枝に登ってウルフたちの攻撃も避けきった。


 えっ、そんなこともできるの!?


 危機的状況にも関わらず、私はいわゆるお姫様抱っこの状態で抱えられながら、新しい女神様の力の使い方に驚いていた。

 

 というか女神様かっこよすぎ! 


 樹木の上で女神様にしがみつきながらハイウルフたちに目を向けてみると、変わらず私たちのことを睨んでいた。

 

 というか私を睨んでいる気がする。


 まるで、ダンさんたちはハイウルフの眼中にないみたいだった。

 

 この前のことを根に持ってるのかな……。

 それなら。


「ダンさん! ハイウルフたちの狙いは私のようです! 私たちが引き付けますから、先に村へ逃げてください!」


「そんな無茶です!」


「そんなこと言ってもどうにもならないでしょ!? 早く逃げてください!」


 私が強い口調でダンさんに叫ぶと、ダンさんが大きな声で何か言い返している。

 だけど、私は気にせず、女神様の顔を見上げた。


「女神様、ダンさんとは違う方向へ逃げましょう」


 女神様は辺りを警戒しながら、私とハイウルフを交互に見比べる。

 この状況でどうするべきか、必死に考えているみたいだった。

 

「……本当は私一人で逃げれたらいいんですけどね。ごめんなさい、女神様。私に付き合ってくれますか?」

 

 ハイウルフを相手に一人で逃げ切る自信がない私は、情けない笑顔を浮かべて、女神様にお願いする。 

 

 私のことを見つめている女神様は、今までで一番不安そうな顔をしていた。

 だけど、女神様はすぐに頭を横に振ってから、優しい笑顔を浮かべた。

 それから、女神様は私を抱く腕に力をいれて、おでことおでこをこつんと合わせた。

 まるで、私を安心させようとしてくれているみたいだった。


「ありがとうございます、女神様」


 私がお礼を言うと女神様は表情を引き締めて、ハイウルフに視線を戻す。

 そして、樹木の枝から飛び降りて、村とは別の方向に駆け出した。

 ハイウルフたちも私たちの後を追うように、駆け始めた。


「アマネさん!」


 後ろの方から聞こえたダンさんの叫び声はすぐに聞こえなくなった。



   ◇   ◇   ◇

 


 森を駆けながら女神様はハイウルフの攻撃をうまく捌いている。

 女神様は森の木々を利用して、体格の大きいハイウルフの動きをうまく制御していた。

 ただ私を抱えているせいで、ハイウルフとの距離が開く様子もなかった。

 女神様は私を抱えているから攻撃することが出来ないし、私も攻撃を仕掛けたところで女神様の邪魔にしかならなそうだったから、動けずにいた。

 

 本当に情けない……。


 このままじゃジリ貧だ。

 考えろ、考えろ。


 私たちの攻撃手段は水の柱を叩きつけることだけ。

 それもウルフ程度なら押さえつけることができたけど、あのとんでもない大きさのハイウルフ相手に果たして通用するのか。

 あと私ではハイウルフのあの素早い動きに、攻撃を命中させるのは難しいかもしれない。


 女神様はどんな風に戦ってたっけ。

 

 これまでの戦いを思い出す。

 そこで女神様の戦う姿を思い出して、閃く。

 一つだけ作戦を思いついた。


「女神様、聞いてください」


 女神様はハイウルフに意識を集中しつつ、私の作戦に耳を傾ける。

 そして、私の作戦を聞き終わった女神様は、嫌そうに首を横にブンブンと振った。


「このままじゃジリ貧ですよ! お願いしますよ!」


 女神様は一瞬迷う素振りを見せたけど、私を抱える腕にぎゅっと力を入れてから、また勢いよく駆け出した。


 女神様は逃げながらハイウルフの攻撃を捌き続けていたけど、周りの景色が変わり始めて、その均衡が少しずつ崩れ始めた。

 女神様が奥に進めば進むほど、さっきまでハイウルフたちの妨げになっていた木々が徐々に減っていき、それがハイウルフたちにとって追い風になっていた。


 ついに私たちの逃げる先で木々が消える。

 私のそのタイミングで女神様の腕の中から飛び出して、女神様とは別の方向に走り出した。


 ハイウルフは女神様に全く見向きもせず、私に迫ってくる。


 きた!


 女神様と違って素早く動けない私では、ハイウルフとの距離を維持することができず、徐々に距離が近づいてくる。

 ハイウルフが飛び込めば届く距離に達する前に、私はくるりと後ろを向いて、ハイウルフと顔を合わせた。

 ハイウルフが私に向かって飛び込む姿が見えた。


「今!」


 私は両手を地面に向け、両手両足から思いっきり水を噴出するイメージで、後退しながら空高く飛んだ。

 

「女神様ー!」


 私の合図で、ハイウルフの後ろから、女神様が飛び立つのが見えた。

 女神様は地面から脚を離しているハイウルフに両手を向けて、水柱を噴出して叩きつける。

 ハイウルフは女神様の攻撃を空中で避けることができず、大きな体を前方に押しやられた。

 

 そして、ハイウルフは目の前に広がる、大きな湖の中に押し込まれた。


「やったー!」


 私は空中でバンザイする。

 女神様の後方ではウルフが三匹伸びているのが見えた。

 

 女神様、ちゃんと倒してくれた!


 女神様はハイウルフを湖に追いやった後、一度着地してから跳躍して、空高く飛び上がる。

 そして、落下している私を空中で受け止めてくれた。


「女神様!」


 女神様が私の腰に腕を回して支えてくれる。

 私たちの眼下では湖上に浮上しようとする、ハイウルフの姿が見えた。

 私を見つめる女神様が頷いた。


 私は両方の手を、女神様は空いている右手をハイウルフに向けて、そこからできる限りの水を生成して叩きつける。


「くぅぅっ!」

 

 私は必死になって全ての水を絞り出すみたいに、できるだけ太い水柱を生成する。

 女神様も唸るような表情を浮かべながら、水柱を勢いよく押し付ける。


 ハイウルフは必死に抵抗して水の中から浮上しようとしているけど、私たちの水柱によって湖の底へ追いやられる。


 私たちとハイウルフの我慢比べが始まった。

 ハイウルフが力尽きるまで押し留められたら、私たちの勝ち。

 私たちの力が尽きてしまったら、私たちの負けだ。


「お願い、これで倒れて!」

 

 私の腰を支えている女神様の腕に、ぎゅっと力が入る。

 その腕から何か温かいものが流れてくるのを感じた。

 まるで、女神様の力が私の中へ流れ込んでくるみたいで、私の水柱は少しずつ威力を増していく。

 

「ここまで女神様が助けてくれたんだから! 絶対、絶対に負けられない!」


 私の声に応えるように、水柱の勢いはさらに強くなっていく。

 私たちは集中力を切らさないように、ひたすら生成した水を湖面に叩き続けた。


 そして、荒々しく抵抗していたハイウルフは徐々に弱々しくなっていき、最後は空気を求めるようにもがいて、やがて動かなくなった。


 私と女神様はハイウルフに勝利した。


 ハイウルフが動かなくなったことを確認した私たちは、地上に足をつける。

 このまま湖に突っ込むのかと思えば、女神様がいい感じに水を操って地面まで連れていってくれた。

 

 私たちは動かなくなって、湖に浮かび上がったハイウルフに目を向ける。


「……ちょっと残酷だったね」


 必死だったとはいえ、動かなくなったハイウルフを前にして、ちょっとだけ気が滅入った。


「めがみさ――」


 女神様に呼びかけようとした時。

 私が言い終わる前に女神様に強く抱きしめられた。


「め、女神様?」


 女神様は私の問いかけに答えてくれず、ぎゅーっと私を抱きしめる。

 

 ……だいぶ無理して頑張ってくれたよね。


 私は女神様の背中に手を回して、優しく撫でてあげた。 


 しばらくしてから落ち着きを取り戻した女神様は、いつものように優しい笑顔を浮かべていた。

 ついさっきまで、ハイウルフと戦っていたとは思えないほど、いい笑顔だった。


「女神様、すごすぎるよ。ほんとに」


 今度は私から女神様に抱きつき、ぎゅっと腕に力を込める。


「本当にありがとう、女神様」


 私の感謝の言葉を聞いた女神様は、いつもみたいに私の頭を撫でて、微笑んでくれた。


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