第9話 女神様との契約
私の言葉を聞いた女神様が目を大きく見開いた。
「アマネさん、契約って?」
契約についてリリアさんに尋ねられているけど、急いでいるので反応せず、そのまま女神様に言葉を続ける。
「女神様と契約すれば、女神様の力を授かることができるんですよね? 契約すればこの前女神様が追い払ってくれたように、私でもウルフを追い払うことができますよね?」
女神様は肯定も否定もせず、私の言葉に狼狽えている。
「契約しましょう、女神様」
ひたすら真摯に女神様に契約について持ちかける。
私の覚悟はすでに決まっていた。
だけど、私の覚悟とは逆に、女神様は私の両腕をがっしりと掴んで、イヤイヤと言うように首を横に振り始めた。
「なんで!? この前は契約したそうにしてたでしょ!?」
女神様は全く聞く耳を持とうとせず、首を横にブンブン振っている。
なんでここに来て渋るの!?
私は女神様の両頬をがっしり掴み、無理やり顔を合わせた。
「お願いします、女神様! ダンさんを、村の人たちを助けたいんです……」
精一杯、心の内が女神様に届くように語りかける。
「この世界に来て、最初に私に手を差し伸べてくれたのは女神様でした。そのことは本当に嬉しかったし、感謝しています」
女神様はチラチラと目を合わせたり、離したりして、戸惑いながらも私の言葉に耳を傾けている。
「右も左もわからないこの状況で嬉しかったです。でも、村の人たちも女神様と同じように、私に親切にしてくれたんです。女神様も私の隣で見てましたよね? ずっと傍で見ていた女神様ならわかってくれますよね?」
女神様は私の言葉に渋々ながらもゆっくりと頷いた。
だけど、女神様はまだしょんぼりした顔をしていた。
「……女神様、きっと私のこと心配してくれてるんですよね。この前のウルフの時みたいに、私を危険な目に合わせたくないんですよね」
女神様はおずおずと頷く。
この女神様は本当に、もう。
「女神様。その気遣いは嬉しいです。でも、私ここで契約しなかったら、きっと後悔すると思うんです」
本音を言うと私だってあんなのがたくさんいるところに向かうなんて嫌だよ。
「私だって、怖いですよ。この前も泣いちゃいましたしね。でもそれ以上に、私にもできることがあるかもしれないのに、何もしないのが嫌なんです」
女神様と視線を真っ直ぐ合わせる。
いつも女神様は私の傍で手を差し伸べてくれたんだ。
今回もきっと。
「だから女神様、お願いです。私を助けてください」
私の言葉を聞いた女神様は、ゆっくりと目を閉じる。
女神様は頬に添えられた私の手を取って、手のひらを上に向ける。
私の手のひらに、女神様の手のひらが重ねられる。
女神様が目を開けて、真っ直ぐ私を見つめる。
まるで、本当にそれでいいのか、問いかけるみたいに。
「お願いします、女神様。私と契約してください」
私の答えを聞いて再度、女神様が目を閉じる。
私たちの手元に金色の明かりが灯り、手のひらを徐々に包み込んでいく。
緩やかに膨れ上がり、私たちの手のひらを飲み込んだ金色の明かりは、輝きを増して、一気に拡散した。
金色に輝く光の粒子が舞い上がり、私と女神様を包み込むように降り注いだ。
眼の前に広がる幻想的な光景に、ソフィエとリリアさんが息を呑む音が聞こえた。
明かりが弾けて消えた私の手のひらの上には、一枚の古ぼけた紙と、木製のペンが置いてあった。
女神様は私の手のひらから、そっと手を離す。
私の決意に答えてくれた女神様。だけど、やっぱりまだ思うところがあるのか、目を伏せて、悲しそうな表情を浮かべている。
「ごめんね、女神様。本当は嫌なんだよね、きっと」
私は契約書を一旦傍にあったテーブルの上に置いて、女神様に両手を回して抱きしめる。
「あのね、女神様。こんな形になっちゃったけど、私ね。もし、もう一回女神様から契約を持ちかけられたら、きっと契約してたよ」
ここ一週間のことを思い出す。
初めて会った時、嬉しそうに突進してきた女神様。
途方に暮れてた私に、手を差し延べてくれた女神様。
ウルフを追い払ってくれた、泣きそうだった女神様。
村の人たちに拝まれて、ちょっと困り顔の女神様。
幸せそうに、私と一緒に眠る女神様。
畑に水を撒く、綺麗な女神様。
楽しそうに、私の制服をチクチクする女神様。
気づいたら、私の頭を撫で始める女神様。
たった一週間だったのに、女神様はずっと私の傍にいた。
知らない世界で一人になった時から、ずっと傍にいてくれた女神様。
そんな女神様のことを嫌いになれるはずもなく、お願いごとがわからない怪しげな契約でも女神様となら結んでもいいかなって思っていた。
「女神様のお願いごとね、私にできることなら叶えてあげたいんだ。だって、今までたくさん女神様に助けてもらったんだもん」
女神様は今にも泣きそうな顔をしていた。
ここは笑顔になって欲しいのにな、もう。
「だからね女神様、いつかちゃんと女神様のお願いごと、私に教えてね」
私は契約書とペンを取り、署名する箇所に『静永雨音』と書き込んだ。
書き込まれた契約書は青色の光に包まれて、ゆっくりと消えていく。
女神様は消えていく契約書を真っ直ぐに眺めていた。
こうして私は水の女神様の眷属になった。
「では女神様いきましょう」
私は女神様に手を差し出す。
女神様は一度ゆっくり目を閉じる。
そして、ゆっくりと目を開き、私の手を取る女神様。
女神様の目に、もう迷いは無かった。
「あ、アマネ!」
一連の出来事を見ていたソフィエが私の元へ飛び込んできた。
「ソフィエ、大丈夫だよ。ダンさんは私たちが迎えに行くから」
「そ、そんな! アマネも危ないよ!」
「そうですよアマネさん! 無茶はしないでください!」
本当だったら人を気遣う余裕なんて無いほど、二人は辛いはずなのに。
ソフィエとリリアさんは必死になって、私の身を案じてくれている。
そんな二人の優しさに応えるために私は決心する。
絶対に二人を悲しませたりなんかしないから。
「ソフィエ大丈夫だよ。絶対にダンさんたちを連れて帰ってくるから。待ってて」
「アマネ……」
「リリアさん、ソフィエのことちゃんと見ておいてくださいね」
「アマネさん……本当に大丈夫なんですか?」
私の腰にしがみつくソフィエをそっと離して、リリアさんに預ける。
リリアさんはソフィエを手繰り寄せるようにして抱きしめた。
二人の不安そうな顔が私を見つめる。
「大丈夫ですよ、だって。」
私は入り口の戸に開きながら振り向く。
そして、今できる精一杯の笑顔で二人に笑いかけた。
「――私には女神様がいますから!」
私の手を握る女神様も、一緒になって二人に微笑んでくれた。
それから私と女神様は家を飛び出して、決して振り返ること無く、森へ向けて駆け出した。
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