第8話 狼たちの襲来

「困ったなぁ」


 独り言をつぶやきながら、寝床に仰向けになるように倒れ込んだ。

 ここに来てから一週間が経過していた。

 早いところ元の世界に帰る方法を探すために、王都へ行きたいのに、未だにその予定は立っていなかった。


 どうしたものかな。


 目を瞑り、ダンさんと村長さんと相談したことを思い出す。



   ◇   ◇   ◇



「実はここの村人は滅多に外に出かけることがないんですよ」


「村の外からこの村を訪れる人も滅多におらず、定期的に訪れる者もおるのですが、運悪くしばらく訪問の予定はございません」


「ですから、アマネさんとともに王都へ向かうことができる人がいなくて……私も徒歩数日、往復を考えるとここを離れることが出来ず……申し訳ないです」


「道中を考えるとアマネ様お一人で向かうのは、どうしても賛同いたしかねます。お急ぎの気持ちはわかりますが、同行できる者が現れるまでお待ちになったほうが良いでしょう」



   ◇   ◇   ◇



 道中で魔物や盗賊に襲われるリスクを考えれば、私一人じゃ無理だよね。

 ウルフに襲われた時のことを思い出すと、今でもちょっと怖くなるしね……。

 普通に考えて無理だね……。


「しばらくこのままかぁ」


 私の独り言に、椅子に座って刺繍をしていた女神様が反応した。


「あ、ただの独り言ですよ。気にしないでください」


 手を振りながら伝えると、女神様は一度微笑んでから、すぐに作業に戻っていった。

 女神様は私の制服に、青色に光る針と糸で、チクチクと何か不思議な模様を縫い付けている。

 ここ最近の女神様は暇さえあれば私の制服をチクチクとつついていた。

 

 最初見つけた時はぎょっとして、すぐに止めさせようとしたけど、イヤイヤと抵抗されて、気がついたらチクチクしてるから、もう好きにさせてあげることにした。

 

 それによく見たら、パッと見ではわからないような箇所を選んで刺繍しているみたいだし、目立たなければ別にいいかな。

 それにしてもチクチクするたびに、針と糸が光ってるのはなんでなんだろう……。


 女神様はあれから一度も森へ帰ること無く、ここに滞在していた。

 私が眠った後もチクチクするのが日課になっているみたいで、女神様が私より先に眠っている所は一度も見たことがなかった。

 ちなみに朝起きたら当たり前のように私の寝床にいる。

 一度ダンさんが女神様の部屋を用意してくれたけど、それが使われることはもちろんなかった。


 今日も私が眠った後で入り込んでくるんだろうなぁ。



   ◇   ◇   ◇



 翌朝、もちろん女神様は私の寝床に忍び込んでいた。

 女神様を起こして、二人で下の階に降りる。

 これがここ最近の私たちの日常だった。


「今日は父さん、予定通り森のほうへ狩りに行ってくるな」


 リリアさんの朝ごはんをいただいている時に、ダンさんが今日の予定について話し始めた。 

 なんでも、定期的に村の仲間たちと森の奥のほうへ狩りに行くことになっているらしく、今日がその狩りの日だそうだ。


「ソフィエ、今日は畑のことを頼むな」


「うん、わかった。気をつけてね」


 ソフィエの言葉を聞いて、先日のウルフの件が頭に浮かんだ。


「魔物は大丈夫なんですか? この前ソフィエが襲われた場所は普段ウルフは出現しないって言っていましたけど」


「そうですね、今日はその場所より奥に行きますが、それでも普段魔物とは滅多に遭遇しないんですよ。それにウルフ三匹くらいでしたらなんとかなると思いますので、大丈夫だと思います」


「そうなんですね。でも気をつけてくださいね」


「お気遣いありがとうございます」


 ダンさんはそう言ってニコッと爽やかな笑顔を向けてくれる。

 まだ会話は堅いところがあるけど、一週間をともに過ごしただけあってだいぶ打ち解けることができた気がした。


 朝ごはんを食べ終えてダンさんを見送った後、私と女神様とソフィエは三人で家を出て、畑を訪れた。

 まだ私は何をしていいかよくわからなかったりするから、ソフィエの指示を仰いで雑用のお手伝いをする。

 女神様は畑の様子をチェックして、必要だったら水を撒いている。

 ただ水を与えればいいわけではないようで、女神様はその判別もしっかり行っているからすごい。

 村が豊かなのは女神様のおかげなのかもしれないって、私も最近は本気で思ったりしている。


「アマネー! 女神様ー! 今日はもうおしまいにしよー!」


 思ってたよりも早くソフィエから終了の声が上がった。


「今日はもういいの?」


「うん、女神様がおしまいならおわりにしよ。父さんが帰ってきた時の準備もしないといけないから」


 なんでも、狩ってきた獲物の下処理をするための準備をするのだと、ソフィエは教えてくれた。


「そっか、じゃあ切り上げようか。女神様、終わりましたー?」


 ちょっと遠くにいる女神様に声をかけると、頭の上にまるを作ってるのが見えた。


 大丈夫らしい。


「終わったみたいだね。片付けして帰ろっか」


 三人で畑仕事を終えて帰路につく。

 狩りの獲物についてや、それに伴う今夜の夕ご飯なんかについて話していると、若い村のお兄さんが一人、大慌てで広場の中央に走っていくのが見えた。

 そのお兄さんは広場に着いてから息を整えると、村中に聞こえるように叫び始めた。


「大変だ! 村の周辺にウルフの群れがいるぞ! みんな急いでこのことを広めてくれ!」


 広場にいた村の人たちはお兄さんの言葉に驚いて、慌ただしく動き出した。


 ウルフの群れって……三匹でもあんなに恐ろしかったのに、それってとんでもないことなんじゃ……。


「なんだか大変なことになったね……」


 隣りにいるソフィエに話しかけたけど、ソフィエは私の言葉を無視して、お兄さんの元へ走っていってしまった。


「ねぇ! ウルフはどこにいたの!?」


 お兄さんに縋るようにソフィエが尋ねる。

 だけど、お兄さんはそんなソフィエを見て、バツが悪そうに視線を外してからポツリと答えた。


「……湖のある方向だよ」


「そんな! 父さんたちは今、その奥にいるのに!」


「え!?」


 ソフィエの言葉を聞いて、私も慌てて二人の近くに駆け寄った。


「どういうこと、ダンさんたち大丈夫なの!?」


「……わからない。ただ、ウルフを見つけた場所を考えると、帰り道に遭遇してもおかしくないと思う」

 

 彼は山のほうへ採取に出かけていたらしく、下山する途中の眼下でウルフが集団で行動しているのを見かけたらしい。 


「父さんたちに知らせないと!」


 ソフィエが村の外に向かって駆け出そうする。

 私はとっさにソフィエの背中から腕を回して、後ろから抑え込んだ。


「だ、だめだよ! ソフィエもこの前見たでしょ!? ウルフの群れなんかに見つかちゃったら、今度こそ逃げられないよ!」


「で、でもそれじゃあ父さんが!」


「行ってはならんぞ!」


「村長さん!」


 いつの間にか村長さんが私たちの傍まで来ていた。

 騒ぎを聞きつけたらしい村長さんは、今までに見たことがないほど険しい顔をしていた。

 

「魔物を舐めてはいかん! その中でもウルフは一際狡猾な魔物じゃ! 奴らの群れに遭遇すれば今度こそ無事では済まないぞ!」


「じゃあ、父さんたちはどうするの!?」


 声を張り上げたソフィエに対して、村長さんは目を瞑りながら苦々しい表情浮かべて、口を開いた。


「……必ず鉢合わせるとは限らない。今は祈るしか無い」


「そんな!」


 村長さんの言葉にショックを受けたソフィエは両手で顔を覆い、俯く。

 村長さんは悔しそうな表情を浮かべながらソフィエに何も言わず、周りにいる人たちに声をかけた。


「急いでこのことを村中に周知しろ! 家族が揃ったら家の中で待機するんじゃ!」


 村長さんは周りに指示を出すために、この場を去っていった。

 他の村の人たちも慌ただしく駆けていく。

 

 ソフィエは声を押し殺すように泣いて、私の腕の中で佇んでいた。

 

 ……この年の子ならもっと泣きわめいてもおかしくないのに。

 

 なんて声をかけてあげればいいか、わからなかった。

 声を押し殺して泣いているソフィエを強く抱きしめてあげることしか、今の私にはできなかった。


 周りを見たら他にも悲しみに暮れている人の姿があった。

 もしかしたらダンさんと一緒に狩りに行った人たちの親類や友人なのかもしれない。


 唇を噛み締め、拳を握りしめている人。

 涙を流して、慰めあっている人。


 この村で一週間過ごして、私はこの村のことが好きになっていた。

 みんな温かい人たちばかりで、よそ者の私にもやさしくて、知らない世界へ飛ばされて参ってはいるけど、最初の出会いがここで良かったと思っている。

 女神様もきっと、この村が好きで、ここに訪れていたんだろうって、私は思っていた。


 だから、何もできないことが、私も悔しかった。

 温かく迎えてくれたソフィエたちが悲しんでいるのに、何もしてあげられないことが、悔しかった。


 ふっと温もりを感じる。

 さっきまで後ろのほうでこちらを見守っていた女神様が、私たちを抱きしめてくれた。

 女神様も少しだけ悲しそうな表情をしていて、抱きしめてくれる力はいつもよりやさしかった。

 女神様に抱きしめられて、少しだけ落ち着きを取り戻した。


「……ソフィエ、家へ帰ろう。ソフィエが帰ってこないとリリアさんも心配しちゃうよ」


 とりあえず、このままずっとここで立っているわけにもいかないので、ソフィエの手を引いて、家に戻ることにした。 

 

 一番つらいのはソフィエのはずなのに、私まで落ち込んでいる場合じゃなかったね……。


 女神様のおかげで冷静になることができたから、お礼を言うために隣を歩く女神様を見上げる。


 なんだかいつも女神様に励ましてもらっている気がする。

 出会った時も、ウルフに襲われた時も。

 あの時も、女神様がいたから前を向けた気がする。


 女神様がいたから……。


 女神様と目が合う。


 ……そうだ。

 まだ私にも、できることがあるかもしれない。


 私はソフィエの手を強く握りしめて、家へと急いだ。


「ソフィエ! 良かった無事に帰ってきてくれて!」


 家に着くとリリアさんがソフィエを抱きしめた。


「母さん……父さんが……父さんが……」


「えぇ……えぇ……何も言わなくていいわ」


 ソフィエを抱きしめるリリアさんも涙を流していた。

 ウルフの群れが近くにいることについて、既に知っているみたいだ。


「父さん……無事に帰ってくるよね……帰ってくるよね」


「えぇ……きっと無事に帰ってくるわ……」  

 

 さっきまで我慢していたソフィエは耐えきれず、リリアさんの胸の中で声を上げて泣き始めた。

 リリアさんも嗚咽を漏らしながらソフィエを強く抱きしめていた。


 その様子を見ながら、私は大きく息を吸う。


「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 空気が読めないくらい大きく、わざとらしく、息を吐き出す。

 まるで、ネガティブな気持ちを全て、吐き出すみたいに。

 そして、覚悟を決めるために。


「リリアさん、ソフィエをお願いしますね」


「アマネさん? どういうこと?」


 尋ねるリリアさんに答えず、私は女神様に向き直る。


「女神様」


 女神様はきょとんとした顔で私を見つめている。

 まるで、今の私の態度も、これから何を言われるのかも、何もかもわからないって顔をしている。


 そんな女神様を真っ直ぐに見据えて、私は言葉に決意を込めた。


「私と契約しましょう」


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