第7話 女神様と畑のお手伝い

『雨音はこれまで話した中で、どの英雄さんが好き?』 


『うーん、水の女神様かなぁ』


『どうして水の女神様なの?』


『水の女神様が一番優しそうだから』


『えーそれだけー?』



◇   ◇   ◇



 少しずつ意識が覚醒する。


 夢を見た気がした。

 私がまだ小さい頃のお母さんとの会話。


 そっか、女神様と会った時に思い出したおとぎ話は、お母さんが話してくれたんだっけ。

 小さい頃はよくお母さんがおとぎ話を読み聞かせてくれたっけ。

 そのお話に水の女神様も登場したんだっけかな。

 でもどんなお話だったっけ。よく覚えてないや。


 それにしても今日は温かいなぁ……。

 今何時だろう、もうちょっと寝てても大丈夫かな……。

 この抱きまくら、包まれている感じがして、すっごく気持ちいい……。

 ……。

 …………。

 ………………抱きまくらなんてあったっけ。


 おそるおそる、ゆっくり、目を開いてみる。

 すると、私を抱きかかえた女神様が、すやすやと眠っていた。


「なんで一緒に寝てるんですかあああああああああああ!」


 相手が女神様であることなんて忘れて、思いっきり叫んでしまった。

 女神様は私の叫び声に反応して、もぞもぞと動き出してから、ゆっくりと目を覚ました。

 体を起こしてから腕を上に伸ばして、呑気に伸びをする女神様。

 それから女神様は私のほうを向いて、くしゃりと微笑んでから、私の頭を撫で始めた。

 

「夜は森へ帰るんじゃなかったんですか!?」


 私の質問に女神様は首をぶんぶんと横に振って、私に抱きついてきた。


 昨日の部屋は要らないって、私と一緒に泊まるから要らないってことだったの!?


 さすがに昨日から続く激しいスキンシップに、そろそろ一言言わないといけないと思って、抱きつく女神様を引き剥がそうとする。

 だけど、女神様は私を抱きしめる腕にさらに力を込めて、ぎゅーっとしてきた。 


 なんで!?


「ちょ、ちょっと、女神様!?」


 女神様に対して一言物申すつもりだったのに。

 私から離れようとしない女神様。


「あの……」


 そんな、私にぎゅーっと抱きつく女神様から、どこか嬉しくて嬉しくてたまらない、そんな気持ちがひしひしと伝わってきてしまって。

 

 私は毒気を抜かれてしまった。


 ……言えない。とてもじゃないけど、やめてください、なんて。

 ……この女神様はどうしてこんなに私に構うんだろうなぁ。

 思い返せば、今更な気がしてきたよ。

 

 女神様の背に手を回して、ぽんぽんと背中をさすってあげる。

 びっくりしたけど、女神様ならなんかもう、いっか。


 女神様との朝のスキンシップを終えた私は、起床後の支度を終えて、女神様とともに一階に降りた。

 

「おはようございます」


「あ、アマネおはよう! 女神様もおはよう!」


 挨拶を交わした後、ソフィエが抱きついてきたので受け止めてあげる。

 今日もソフィエは可愛いかった。


「アマネさん、おはようございます。女神様もおはようございます。女神様、昨晩はお帰りにならなかったんですね」


「あはは……みたいですね」

 

 ダンさんは私と一緒に二階から降りてきた女神様を見て驚いた顔をしていた。

 昨日のやり取りを思えば、驚くのも無理もないよね。

 

「女神様のお部屋、ご用意しなくて大丈夫でしたか?……いや、きっとアマネさんとご一緒のほうがいいんでしょうね」


「ホントなんででしょうね」


 私は苦笑しつつ答えた。

 話題の中心の女神様は、他人事みたいに隣でニコニコ微笑んでいた。


「朝食ができましたよー。アマネさんも女神様も席へどうぞ」


「ありがとうございます。いただきます。」


 リリアさんに席を勧められて、みんなと一緒に朝ごはんをいただく。

 女神様は昨日の夜みたく朝ごはんも食べないみたいで、私が朝ごはんを食べる様子を横から楽しそうに眺めていた。


「アマネさんは本日はどうされますか?」

 

 朝ごはんを食べながら、ダンさんが私に尋ねてきた。

 昨日の夜は気がついたら眠ってしまって、今日の予定についてはまだ何も考えていなかった。

 

 うーん。帰る方法を探すための聞き込みもできないし、どうしようかな。


 どうするか悩んでいると、隣に座るソフィエが私の袖をクイクイと引っ張ってきた。


「アマネ、今日は私と一緒に過ごそう!」


「ソフィエと?」


「ソフィエは家のお手伝いしなきゃでしょ?」


「わかってるよ、もう」


 リリアさんにたしなめられたソフィエが頬を膨らませる。

 子供らしくむくれたソフィエも可愛かった。


「ソフィエは何するの?」


「お父さんの畑の仕事のお手伝いとか、また森に木の実とかキノコを取りに行くの」

 

 へぇー小さいのにしっかりしてるんだなぁ。

 昨日森で出会ったのも、きっとお手伝いの一環だったんだろうね。


「じゃあ、今日は私がソフィエのお手伝いをするね」


「私の?」


「うん。お仕事教えてね?」


「うん!」


 今すぐにできることも思いつかなかったので、今日一日はソフィエのお手伝いに付き合うことにした。

 そのことをソフィエに伝えると、むくれた表情から一転して、ぱぁとした笑顔でとても喜んでくれた。


「もう、ソフィエったら」


「アマネさん、本当によろしいんですか?」


 なにやら心配そうな顔でダンさんが私に確認してくる。

 リリアさんも心配そうにして、私とソフィエの顔を見比べていた。


「お世話になっているのは私ですし、手伝えることがあれば手伝わせてください。それとも、迷惑でした?」


「まさか、とんでもないですよ。アマネさんがそうおっしゃるならわかりました。ソフィエ、アマネさんに迷惑かけるんじゃないぞ」」


「うん、わかった」


「ダンさん、ありがとうございます。それと、後で王都へ行くことについて相談に乗ってもらってもいいですか?」


「ええ、後ほど相談しましょう。必要とあらば村長の意見も借りましょう」


「ありがとうございます」


 相談に乗ってくれると言ってくれた、ダンさんの心遣いがありがたかった。

 ここに来てからの私は沢山の人に助けてもらってばっかりだった。

 

 いつか恩返しすることができたらいいな。

 

 こうしてダンさんの了承も得ることができたので、今日はソフィエのお手伝いをすることになった。



   ◇   ◇   ◇



 私と女神様はソフィエと一緒に村の直ぐ側にある畑へ向かう。


「ここでお野菜とか作ってるの。私はいつも父さんの手伝いをしてるの」


「へーそうなんだ。どんなお手伝いしてるの?」


「邪魔な草を抜いたり、食べるぶんだけ収穫したり、雨が振らなくて土がカラカラになったりしたらお水を撒いたりするよ。これが一番大変なんだ」


 お水って井戸があったけど、そこから汲んでくるのかな?

 それだと、たしかに大変そう。


「今日は畑のお手伝いは大丈夫みたい。森へ行こう?」


 私の手を引いたソフィエは畑から離れようとした。

 だけど、女神様は屈みながら足元にある畑をじっと見つめていて、その場から動こうとしなかった。


「女神様? どうしました?」


 私が声をかけると女神様はすっくと立ち上がり、畑へと視線を向ける。

 それから女神様は胸の前で指を組みわせて、静かに目を伏せた。

 まるで、何かに祈りを捧げるみたいに。

 その姿に普段のニコニコ笑顔の女神様の面影は無くて、どこか声をかけるのを躊躇ってしまうほど真剣な様子だった。

 じっとしていた女神様は目を開けると、畑に向かって右腕をあげてから横に大きく振った。

 すると、女神様の振るった右腕の軌跡から、水が扇状に広がっていって、畑に降り注いでいった。

 女神様の撒いた水はお日様に照らされてキラキラと輝いていて、畑に水を撒いている女神様の姿はとてもきれいだった。


「女神様すごい!」


 周りにいた村の人たちみんなが目の前の光景に目を奪われている中、最初に声を上げたのはソフィエだった。


「ほんとにすごいですよ女神様! 私も感動しました!」


 私が素直に感想をもらすと女神様は両手を頬に当てて、首をいやいやと振っていた。

 

 これは……照れてるのかな?


 さっきまでの神秘的な女神様と違い、そこにいるのはいつも通りの女神様で、私はそのギャップにくすりと笑ってしまった。


「ねぇ女神様! 他の村の人の畑にもやってあげて!」


 ソフィエが女神様にお願いをする。

 女神様が悩むこと無く頷いてくれたので、本日は女神様とともに村中の畑を回ることになった。


 女神様は行く先々の畑を観察しては、問題が無さそうなら頭の上に丸を作って、必要があればさっきのように畑に水を撒いていた。


 村の人はそれはもう大喜び。みんなが女神様に感謝していた。

 途中、噂を聞きつけた村長さんが私たちの元へ訪れて、女神様について説明してくれた。 


「女神様がお恵みを与えた畑は普段以上に実りが豊かになると言われております。それを村全ての畑に与えてくださるなんて……」

 

 村長さんはひどく感動して、今にも涙を流しそうになっていた。

 村の人たちの盛り上がりは昨日以上で、今にもまた宴会が始まりそうな雰囲気だ。

 女神様はそんな村の人達を見ながら、また頬を片手に当てて、困ったポーズを取っていた。

 

 昔の女神様もこんな風に村の人たちと共存していたのかな。


 女神様は困ったような顔はしているけど、決して嫌がっているようには見えない。

 村の人たちに囲まれて固くなっていた女神様の表情も、昨日と比べるとちょっとだけ柔らかくなっている気がする。

 盛り上がる村の人たちのことを仕方が無さそうに眺めている女神様を見ると、昔この村で共存していたのは本当のことだったんじゃないかなって思った。

 

 でも、それならどうして女神様はこの村から姿を消したんだろう?

 

 目の前の村の人たちと女神様を見ていると、とてもじゃないけど女神様が愛想をつかして出ていったなんて思えない。

 もちろん、村の雰囲気が今とはガラッと違ったかもしれないけど、どうしても何か別の理由があったんじゃないかって思わずには居られなかった。



   ◇   ◇   ◇



 女神様とともに村を訪れてから一週間が経過した。

 女神様は水やりの一件のおかげで、今まで以上に村の人たちの間で人気者になっていた。

 定期的に畑の水やりを手伝ったり、井戸から水を運ぶ代わりに水を出してあげたり、持ち前の能力で村の人たちのお手伝いをして、あっという間に溶け込んでいた。

 最初は堅苦しかった村の人たちの態度も、女神様の朗らかさに当てられたのか、次第に和らいでいた。


「女神様今日もありがとうね! 女神様が手伝ってくれたおかげで次の収穫が楽しみで仕方ないよ!」

 

「これいい感じに育ったんだ。女神様、果物なら食べるんだろう? よかったら持っててちょうだい」


「手伝ってくれるのは嬉しいけど、あんまり無理はしないでね。大変だったらちゃんと言うんだよ」

 

 とまぁ、こんな感じに女神様は今ではだいぶフランクに接してもらえるようになっていた。

 女神様もやっぱりそのほうがいいのか、村を訪れていた時に比べるとニコニコ笑顔が一段と増えていた。

 私も女神様と同じく、村の人たちとの間で馴染み出して、フランクに接して貰えることが多くなった。

 

 この一週間は充実した生活を私も女神様も送れていたけど、目標の王都行きについては進展が未だ見えないままで、私は少しずつ焦りを募らせていた。



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