第6話 歓迎会と初めての異世界の夜
村長さんの家での話を終えた私たちは、早速ダンさんの家に向かうことにした。
「おーい、女神様とアマネ様をお連れしたぞー」
家の戸を開きながらダンさんが中に呼びかけると、ソフィエと彼女の母親らしき女性が出迎えてくれた。
「アマネ!」
ソフィエが私の元へ勢いよく飛び込んできたので受け止めてあげる。
「こらソフィエ、アマネ様と女神様に失礼だぞ」
「ダンさん、大丈夫ですよ。それに雨音様はやめてください、雨音で大丈夫です。これからお世話になるわけですから」
「しかし、女神様が眷属にお選びになられた方ですので……」
「眷属にはなっていませんし、それに女神様も気にしてないと思いますよ?」
隣を見れば、女神様も両手を前に握り込んで、すごい勢いで首を縦に振っていた。
女神様、敬われる度に息苦しそうとは思ってたけど、よっぽど嫌だったんだね……。
「……わかりました。それではアマネさんとお呼びします」
「呼び捨てでも大丈夫ですよ。私のほうが年下なんですから」
まだ少し残る堅苦しさに思わず苦笑してしまう。
まぁ仕方ないか。しばらくお世話になりそうだし、これから打ち解ければいいよね。
これからについて前向きに考えていると、ソフィエの母親らしき女性が私と女神様の傍まで近づいてきた。
「ソフィエから話は伺っています。ソフィエの母のリリアといいます。娘のこと救っていただき、ありがとうございました」
「リリア、しばらくアマネさんに泊まっていただくことになった。二階の部屋の支度を頼む」
「突然すみません。お世話になります」
「いえいえ、待っていてくださいね」
リリアさんは愛想の良い笑顔を浮かべてから、私が泊まるための部屋の支度をするために、階段を登って二階に上がっていった。
「アマネ、家に泊まるの?」
「うん、しばらくお世話になるね」
「やったっ」
私が家に泊まることを知ると、ソフィエはさらに私にぎゅーって抱きついてきた。
子供らしい真っ直ぐな好意を向けてくれるソフィエの愛らしさに、私の頬はもう緩みっぱなしだった。
本当にソフィエはかわいいなぁ。
「そうだ、女神様も家に泊まるの?」
ソフィエの言葉に私とダンさんは揃って顔を見合わせた。
「女神様は森で暮らしていて、人が住むところには留まらないって聞いたことがあるのですが、お部屋を用意しますか?」
ダンさんも女神様が泊まることについては考えてなかったみたいだ。
「女神様、どうします?」
私が尋ねると、女神様は手のひらを横に振った。
どうやら、泊まる部屋は要らないらしい。
「大丈夫みたいですね」
「そうですか。過去の女神様も、森からここへは通い詰めていたそうですから、お泊まりいただくことは考えていませんでした」
そっか、じゃあ女神様、森に帰っちゃうのか。
人前から姿を消してたみたいだし、そうだよね。
なんだかんだ仲良くなれた気がするから、ちょっとだけ寂しいな。
また、会いに来てくれたりするかな。
じっと女神様のことを見つめてみる。
私に見つめられた女神様は、ちょっとだけ首を傾げて、見つめ返してきた。
「女神様、ありがとうございました」
これまでの出来事を思い返してお礼を言う。
女神様は突然お礼を言われた理由がわからなかったみたいで、頬に指を当てて、さらに首を傾げていた。
しばらくすると、リリアさんが戻ってきて、私が泊まる部屋を案内してくれた。
「あまり立派な部屋じゃなくてごめんなさいね、必要なものがあったら遠慮なく言ってね」
「いえ、助かります」
部屋にはベッドのような寝床と、書きものができそうな机と椅子が備わっていた。
家具は最低限みたいだけど、ダンさんの申し出がなかったら行く宛もなく、野宿コースになってたから、本当に助かったと思った。
「あとこれ、アマネさんに抵抗が無いなら、よかったらどうぞ」
綺麗に畳まれた落ち着いた色合いの服をリリアさんから受け取る。
広げてみれば、この村に住んでいる人たちが着ている、動きやすそうな服だった。
「その服じゃあこの村では目立ってしまうと思うから、よかったら」
たしかに私が着ている高校の制服はここの村に来てからも浮きっぱなしだった。
私に対する態度がみんな堅かったのは服装のせいもあったのかもしれないと、今更ながら思った。
「この村の中なら大丈夫だと思いますけど、その服だと盗賊に狙われてもおかしくないと思いますから、気をつけてくださいね」
盗賊って……え?
さすがに冗談だと思って、笑ったほうがいいのかと思ったけど、優しく微笑むリリアさんからそんな雰囲気は感じなかった。
「そ、そうなんですね、お気遣いありがとうございます。お借りしますね」
引きつる表情を必死に抑えて、リリアさんから服を借りることにした。
早速、リリアさんに借りた服に着替える。
森の中を制服で移動するのは気が重かったので、正直これは嬉しい申し出だった。
着ていた制服は畳んで、机の上に置いておく。
ハンガーが欲しいところだけど、仕方ないね。
丈の長いワンピースのような、村娘スタイルの服に着替えて下の階に向かうと、ダンさんに声をかけられた。
なんでも、これから女神様と私の歓迎会を村全体で行ってくれるらしい。
◇ ◇ ◇
私と女神様は村の中央の広場で、村の人たちから歓迎を受けている。
お祭りみたいな雰囲気で、あっちこっちで村の人たちが、飲めや歌えやの大騒ぎをしていた。
「女神様、アマネ様! よろしければ、こちらをお召し上がりください!」
「女神様! アマネ様! こちらの森で取れた果物もどうぞ! 女神様いつも森に恵みを与えてくださり、ありがとうございます!」
「女神様! アマネ様! こちらもお食べください! お飲みものもどうぞ!」
たくさんの村の人たちにとても食べきれない量の料理や果物を、次々と勧められる。
女神様はあまり食欲がないのか、たくさん勧められる中で、果物をほんの少しだけを受け取って、ちまちま食べていた。
女神様の元には子供からお年寄りまで、さまざまな村の人たちが集まっていて、日々の感謝を伝えている。
だけど、女神様はやっぱり敬われるのが苦手なのか、終始困ったような顔をしていた。
女神様はちょっと大変そうだったけど、女神様を取り囲む村の人たちからは、女神様の訪れを心の底から喜んでいる気持ちがすっごく伝わってきて、私は『今日くらいは仕方ないよね』なんて思いながら、それらのやり取りを横目で眺めていた。
女神様、本当にみんなに愛されてるんだなぁ。すごいなぁ。
◇ ◇ ◇
「あーもう食べられない。お腹いっぱい」
歓迎会を終えて部屋に戻った私は、すぐに寝床に飛び込んだ。
どんどんいろいろな料理やら果物を勧められたから、ついつい食べすぎてしまった。
女神様も私とともに広場を後にして、今は椅子に座って机に向かっている。
なにやら、私の制服に興味があるみたいで、広げてはあれこれ触って、何かを確かめている。
ただの高校の制服だけど、ここでは珍しいのかな。
特に困ることもないので、飽きるまでじっくりと観察してもらうことにした。
一息ついて、仰向けになる。
そのまま、部屋の天井をぼーっと眺める。
これからどうしようかな。
今日一日のことを振り返る。
森の中へ飛ばされて、女神様と出会い、ウルフと戦い、村でお世話になることになった。
今朝まで普段と変わらない高校生活を送っていたのに、今日の出来事は私にとって非日常の連続だった。
私、帰れるのかな。
日が落ちて、外が暗くなるにつれて、私の気持ちも沈んでいく。
部屋の中ではリリアさんに借りた魔石のランプの灯だけが部屋を照らしていた。
魔石……ね。
魔石とは文字通り魔力を持つ石のことだそうだ。
水の女神様、魔物のウルフ、魔石。
今日見聞きしたことを一つずつ思い浮かべる。
どれも私の暮らしていた生活とは、縁遠いものだった。
そして、誰も知らない私の故郷と、私の知らないルグリア王国。
落ち着いて振り返ることで、意識的に考えないようにしていた結論に達した。
どうやらここは、私の住んでいた世界とは全く違うところみたいだ。
明確に自分の中で言葉にすることで、さらに気が重くなった。
元の世界へ帰るには、あの変な木の扉を使うしかないのかな……。
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
一度わざとらしく、大きく息を吐く。
ネガティブな感情をすべて吐き出して、気持ちを入れ替えるみたいに。
すると、何事かと思ったらしい女神様が目をパチクリさせて、私のことを見ていた。
「あ、なんでもないですよ。ごめんなさい」
なんでもないことを伝えると、女神様はにっこりと微笑んで、また制服の観察を再開していた。
ただの制服にそんなに夢中になることあるのかな。
とりあえず、よし。これで切り替えよう。
また大きく深呼吸して、気持ちを切り替える。
知らない世界へ飛ばされたこと。
家に帰れないこと。
一旦それ以外のことを考えることにした。
そういえばお母さん、私がここにいること知らないけど、大丈夫かな。
心配して……ないだろうなぁ。
私のお母さんは基本思考が全力で前向きの楽観主義者だから、きっと私が帰ってこなくても『どこかで生きてるでしょ、大丈夫、大丈夫』みたいな感じで済ませているに違いない。
ただ、私もそんなお母さんだけを見て育ったから、逆にお母さんが家にしばらく帰ってこなくても、同じことを思って済ませると思うから、そこはお互い様。
お母さんは大丈夫だ。うん。
お母さんより、
小学校から、高校まで、ずっと一緒だった友達の涼風。
せっかく一緒の高校に入れて、クラスも一緒になれたのになぁ。
心細くなった今。
お母さんよりも涼風の顔が見たくなった。
「あ、そうだ」
ふと思いついて、スクールバッグを漁ってスマホを取り出す。
そして、フォトアプリを起動して、涼風と一緒に撮った写真を開いた。
私の知っている日常がそこにあって、安心する。
これもそのうち、バッテリー切れで見れなくなる時が来ると思うけど、凹みそうな時はこの写真に元気を貰おう。
私はそう心に決めてスマホの電源を落として、目を瞑ってスマホを胸に抱きしめる。
見慣れた涼風の顔を見て気が抜けたのかもしれない。
この日、私はそのまま眠りについた。
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