第5話 女神様との契約内容

「やはり、アマネ様は女神様に選ばれたお方だったのですね」


 女神様に突きつけられた契約書から目が話せない私に対して村長さんが言う。

 

「ちょ、ちょっと待ってください」


 村長さんは一人で頷きながら納得しているみたいだけど、一旦気にしないことにして、隣りにいる女神様と向き合う。


「あの、女神様? これは本当に眷属になるための契約書なんですか?」


 確認すると、女神様はにっこりと頷いた。


「えっと、選ばれた契約者というのは、どなたですか?」


 おそるおそる、尋ねてみる。

 女神様は笑みを崩さず、そのままじーっと私のことを見つめている。

 

 わ、わたしなの?

 女神様に選ばれる心当たりなんて、全く無いよ私!

 

「なんで私なんですか!? 私たちさっき会ったばっかりですよ!?」

 

 女神様は頬に指を当てて首を傾げている。


 そんな『なぜだろう』みたいな顔されても、聞きたいのは私ですよ! 女神様!

 

 そこで一度冷静になって、契約について一つ思い当たる。

 眷属の契約とは女神様の望みを叶える代わりに、力を分け与えて貰えることだったはず。

 

「あの、女神様の望みってなんですか?」


 女神様が契約書の一箇所をペンで指し示す。

 そこにはやたらと角張った文字でなにか書いてあるけど、読めない。


「あの女神様、契約内容がわからないんですけど?」


 目を細めた女神様は、手をひらひらと振りながら微笑む。

 まるで、『大丈夫、大丈夫』と言っているみたいだった。

 

 どう考えても大丈夫じゃないよね!?


「これは古代文字ですな」


 身を乗り出して契約書をまじまじと眺めながら、村長さんがつぶやいた。 


「古代文字ですか?」


「はい、今は失われてしまった文字を指します。遥か昔より存在する女神様ならば、古代文字を扱っていても不思議ではないでしょう。専門の研究者でも恐らく、この契約書を読み解くのは難しいでしょう」


「そうなんですか……」


 それじゃあ女神様の眷属になるなら、契約内容がわからないまま、契約を結ばないといけないってこと?


「あの一つよろしいですか?」


 村長さんが控え目に手を上げる。


「契約内容が読めないのでしたら、女神様に読んでいただければ良いのでは?」


 隣りにいるダンさんも、なぜそうしないのかと聞きたそうな顔をしている。

 村長さんが言ったことは至極真っ当なことだと思う。

 だけど、どうやら二人は知らないみたいだ。


「いえ、女神様は言葉を話すことが出来ないんです」


 私の伝えた事実に二人は固まって、面食らっていた。


「そのようなこと初めて知りました。だから先程から一言もお話にならなかったのですか」


 女神様に対する信仰が厚いこの村の人でも、女神様が話せないことは知らなかったみたいだ。


「しかしそうなりますと、少々腑に落ちませんな」

 

 村長さんはなにか引っかかっているのか、うんうんと唸っている。


「何がですか?」


「この契約はあくまで、眷属が女神様に力を分け与えて貰うためのものになります。そのため、女神様はこの契約をいつでも破棄することが可能なはずです。ですが、眷属はそうはいきません。契約内容によっては、生涯女神様に尽くすことになることもあるでしょう」


 女神様にお願いする形だから、女神様は破棄することができるけど、眷属はそうはいかないってことね。

 

「また眷属が契約書に記されている女神様の望みを叶えることができなかった場合や、できないと判断した時は契約書に従い、その……命を奪われてしまうこともあるとか……」


 やっぱり、大丈夫じゃないじゃん!


「そんなわけですから、眷属との契約において最も大事な箇所が不明瞭であることが腑に落ちないのです。女神様ご自身にとっても良いこととは思えず、ましてや伝え聞いていた女神様が、一方的にご自身に都合の良い契約を持ちかけるとも思えませんので」


 私もこの女神様に限って、一方的にひどい契約を結ぼうとするとは思えないけど。

 だけど、目の前にある契約書は読めないわけで。うーん。


 女神様に目を向けると、私たちの話を聞いてショックを受けてしまったのか、ちょっとだけ頭を下げてしゅんとしていた。


 ……この女神様に限ってはそれは無いよね。


「女神様、大丈夫ですよ。女神様がひどい契約を持ちかけるとは思ってませんよ」


 ちょっとだけ落ち込んでいる女神様の背中をさすってあげる。

 小さくなった女神様は、上目遣いで私の顔色を伺っているみたいだった。


「も、申し訳ありません女神様! 私共も決して女神様を疑っているわけではございませんので!」

 

 村長さんは必死になって、女神様に何度も頭を下げる。

 そんな村長さんに対して、女神様はぎこちない笑顔で、気にしてないみたいに両手をひらひらと振っていた。


 でも、悪用するわけでもないのなら、この契約の形態は一体どういうことなんだろう?

 過去に女神様と契約した眷属の人たちはどうしてたのかな。

 それに女神様の望みって一体何なんだろう?


 わからないことだらけで、考えれば考えるほど疑問が湧いてくるだけだった。


「女神様。契約の件ですが、今すぐ答えを出さないと駄目ですか?」


 女神様は首を横に振ると、指をパチンと鳴らす。

 すると、先程まで女神様の手元にあった契約書とペンが光の粒子に変わって、パッと消えた。


 どうやら、急ぎで契約したかったわけじゃないみたいだ。

 というか、本当に私と契約したかったのかな。

 今思うと、話の流れで契約書を持ち出しただけのようにも感じた。


 それに私自身、女神様との契約を特に望んでいるわけじゃない。

 女神様の力ってのもよくわからないし。

 もしかしたら、すぐに家に帰ることになって、必要がなくなるかもしれないしね。 

 

 そうだ! 私がここへ来た理由、すっかり忘れてた!


「あの村長さん。少し聞きたいことがあるんですが、いいですか?」

 

 今日の出来事についてダンさんと村長さんにも話をする。

 二人は真面目な表情で私の話に耳を傾けてくれた。


「変な木の扉によってここへ飛ばされた、ですか」


 なにやら難しそうな顔をした村長さんが、うーんと腕を組んで考え込んでいる。


「何かわかりますか? 女神様にも聞いてみたのですが、扉に心当たりはあるみたいなんですけど、ここへ飛ばされた理由と帰る方法については、わからないみたいなんです」


「いえ、そのような話は聞いたことがございません。お力になれず、申し訳ない」


「村長がわからないなら、おそらくこの村ではその扉について知ってる人は居ないと思います。申し訳ない」


 女神様についていろいろ知ってた村長さんならと思ったけど、駄目かぁ。

 

 さすがにちょっとがっくりときてしまった。

 

 だけど、落ち込んでいる場合じゃない。

 すぐに切り替えて、次に女神様の時に聞けなかった、今いるこの場所について聞いてみる。

 自分が住んでた場所を含めて、ここから帰れる可能性があるか探りたかった。


「ニホンという国も聞いたことがありませんな……」


「ここはどこなんですか?」


「我々が今いる国はルグリア王国になります」


 全く聞いたことがない国だった。

 じわじわと私の脳裏に嫌な考えがよぎる。

 だけど、一旦そのことについては考えないようにして、次にするべきことを考えることにした。 


 自分が今、ルグリア王国のピクセス村にいることはわかったけど、帰る方法についてはまだわからないまま。

 となると、次に私がするべきこともやっぱり、帰る方法について知ってそうな人を探すことだよね。


 結局、思いつく結論は最初と変わらないままだった。


「この村の近くに、他に人が住んでいる場所ってありますか?」


「すぐに歩いていける距離にはありませんな。この近辺ですと、ルグリアの王都が近いですが、徒歩で数日かかってしまいます」


「そうですか……」


 徒歩で数日……それは無理だなぁ……困ったなぁ……。

 

「あの、もし行くところが無ければ、しばらく家にいらっしゃいませんか?」


 途方に暮れ始めていると、ダンさんが声をかけてくれた。


「突然知らないところへ飛ばされてしまったのであれば蓄えもありませんよね? アマネ様は娘のことを助けてくれた恩人です。ぜひ、家にお泊まりください」


「……いいんですか?」


「もちろんです。歓迎いたしますので、ぜひお泊まりください」

 

 行く宛もない私は少し考えて、そのお誘いを受けることにした。


「ダンさん、ありがとうございます。ぜひ、お願いします」


「ソフィエもきっと喜ぶと思いますよ」


 そう言って、ダンさんは私に笑いかけてくれる。

 こうして、私はしばらくダンさんのお家でお世話になることになった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る