第4話 女神様の眷属

 ソフィエの案内で村長さんの家を訪ねると、家の前で村長さんらしきお爺さんとダンさんが私たちを出迎えてくれた。


「おお、この老いぼれ、生きているうちに女神様のお目にかかることができるとは! この人生、もう悔いはありませんぞ!」


 感動している村長さんは跪いて、女神様を拝んでいた。

 なんとも反応に困ることを言う村長さんに、女神様も苦笑いを浮かべていた。

 

 そんなやり取りを経て、私たちは村長さんの家に通されてテーブルの席を勧められた。

 私と女神様、対面にダンさんと村長さんが座る。

 ソフィエは私たちを村長さんの家に送り届けてくれた後、『やることがあるの! またあとでね!』と言って、どこかに行ってしまった。


「まずは改めて、娘の件でお礼を言わせてください。女神様、アマネ様。娘を助けていただき、ありがとうございました」


 ダンさんは私と女神様に深く頭を下げてお礼を言った。


「娘が採取に向かったところは、普段魔物は生息していないので、ウルフに遭遇するなんてことは滅多に無いのですが……お二人のおかげで助かりました」


 どうしてソフィエくらいの子が、あんな獣がいるところに一人で居たんだろうって思ってたけど、珍しいことだったんだね。

 ソフィエも災難だったね。

 それにしても魔物? ウルフって狼のことだよね。


「感謝なら女神様にお願いします。女神様が追い払ってくれたんです」


 女神様のお陰で無事だったことを伝えると、それを聞いた村長さんは目を見開いて驚いていた。


「女神様が助けてくださったのですか?」


「はい、水を出して追い払ってくれました。そのおかげで私も助かりました」


 女神様はブンブンと首を横に振って、私の肩を掴むと、ぐっと前に押し出した。

 もしかしたら、私も頑張ったって言ってくれているのかもしれない。


 だけど、女神様の主張は村長さんの目に入っていなかった。

 村長さんはなにか気になることがあるのか、少しの間神妙な顔つきで、なにやら考え込んでいた。

 

「あの? 何かおかしかったですか?」


「いや、近頃の女神様は、あまり人に干渉しないと、伝え聞いておりましたので」


「……はい?」


 女神様が……人に……干渉しない?

 干渉しないどころか、出会い頭にすごい勢いで迫ってきたのは女神様の方だったけど……。


「この村は過去に水の女神様と共存していたと言い伝えがありまして」


 村長さんが語るには、大昔、女神様はここの村の人たちと共存して暮らしていたことがあるらしい。

 作物が育たなければ、土を浄化して育ちやすい環境を整えてくれたり。

 日照りが続いて水不足に陥れば、この近辺にだけ雨を降らせてくれたり。

 魔物が現れたら、追い払ってくれたりして、女神様はこの村の人々を助けていたらしい。

 

 ただ、ある時を境に女神様は村を訪れなくなってしまったとのこと。

 この村に愛想がつかされたとか、長い眠りについたとか、世界を救う旅にでたとか、いろいろな説があるみたいだけど、実際の所は今となっては誰もわからないらしい。

 だけど、女神様が居なくなった後も、森の恵みの豊かさがずっと変わらないことから、女神様は影で村人たちを見守ってくれているとされ、今でも変わらず村の守り神として崇拝されているとのことだった。


「ここ数十年、いや数百年ですかな。女神様の姿を見たものは誰もおらず、女神様は言い伝えの中だけの存在になりつつありました」


 なんで女神様はここの人たちの前から姿を消しちゃったんだろう?


「ですから、ここ数百年お姿を確認できなかった女神様が、目の前にいることだけでも、とんでもないことなのです。その上、人を魔物から庇うなんてことは、とても……」


 女神様に顔を向ける。

 目が合うと、少し首を傾げて、微笑み返してくれた。

 

 人懐っこい女神様だから普通のことだと思ってたんだけど。

 じゃあ、女神様はなんで私のことを助けてくれたんだろう?


「あの、アマネ様は女神様の眷属なのですか?」


「眷属? 眷属ってなんですか?」


「眷属とは女神様に選ばれ、契約を交わした者のことを指します。女神様の眷属は、女神様の望みに応える代わりに、女神様の持つ力を授かることができるのです」

  

「女神様の力を授かるって、なんだか凄そうですね。でも私は眷属じゃないですよ」


 私と女神様が出会ったのはつい数時間前のこと。

 女神様と何か契約を交わした記憶は無いのではっきりと否定した。


「そうでしたか。女神様と、なんといいますか、とても親しい感じがいたしましたので、もしやと思いまして。それでしたら、女神様が魔物相手からアマネ様をお守りすることも、あるのかと思いまして」


 だから、村中の人たちが女神様だけじゃなくて、私のことも拝んでいたのか。

 女神様が滅多に人の前に現れないなら、同時に現れた私のことを眷属だと思ってもおかしくないのかもしれない。

 でも、そもそも女神様はなんで、私の前に現れたんだろう。

 私の前に現れたのが偶然だったにしても、避けたり、逃げることもなかったし。

 というか、やっぱりこっちに突っ込んできたのは女神様だよね。


「私も女神様とはさっき偶然会ったばっかりなんです。ちなみにですけど、女神様との契約ってどんなことをするんですか?」


 少しだけ女神様との契約について気になったので村長さんに聞いてみた。


「伝え聞いた話では、女神様が契約書を用意して、それに同意しサインすることで契約は成立します。契約方法は人間同士の契約と何ら変わりません」


 なーんだ、女神様との契約だからもっと儀式的な事をするのかと思ったのに。

 結構普通なんだね。 


 意外にも現実味の帯びた契約方法が返ってきたことに、ちょっとだけ肩を落としていると、隣からトントンと肩を叩かれた。

 

「どうしました女神様?」


 女神様は両手の手のひらを上に向けて、私のほうへ差し出した。

 それから、女神様はゆっくりと目を閉じた。


 すると突然、女神様の手が金色の光に包まれた。

 金色の光は徐々に膨らんでいって、女神様の両手よりも大きくなる。

 女神様の手のひらを包み込んだ光は輝きを増して、突如、弾け飛んだ。

 私たちの周りに、金色の光が散らばる。

 その光景はとても幻想的で、思わず見入ってしまいそうだった。


 わぁ、きれい。

 だけど、これ今見せる必要があったのかな。

 

 不思議に思い女神様に視線を戻すと、女神様は古ぼけた一枚の紙と、木製のペンらしきものを持っていた。

 そして、ニコニコしながら紙のとある箇所を、ペンで指し示している。

 

 なにこれ?


 突然、現れた紙とペンをまじまじと眺めていると、村長さんがおずおずと言った様子で口を挟んできた。


「あの、アマネ様。それが眷属のための契約書なのではないでしょうか?」


「え?」


 女神様を見ると、目があった女神様は、ニコニコ笑顔で一つ頷いた。


 ええええええええ!


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