第3話 いざピクセス村へ

 狼のような獣を追い払ってから泣いてしまった私は、女神様に頭を撫でてもらって、ようやく落ち着きを取り戻した。

 気持ちを落ち着けて、辺りを見渡すと、少し離れたところで女の子が立っていることに気がついた。


 どうやら、自分より小さい子に泣いている姿をしっかりと見られてしまったみたいだ。

 ちょっとだけ恥ずかしくて、顔が熱くなった。

 とりあえず、女の子の無事を確認するため、近づいて声をかけてみることにした。


「あの、大丈夫だった?」


 私が声をかけると、女の子は驚いた様子でコクコクと頷いた。

 私は彼女の身長に合わせるように、少しだけ屈んで、視線を合わせる。 


「そっか、よかった」


 女の子は緊張しているみたいだったので、安心してもらうために笑ってみた。

 すると、女の子も明るい笑顔を私に返してくれた。


「お姉さんも大丈夫だった?」


「うん、女神様が助けてくれたから大丈夫だったよ」


 私の後ろにいる女神様に視線を移す。

 すると、女神様は私たちに向けて、手のひらをひらひらと振ってくれた。


「よかった! あのね、お姉さん、助けてくれてありがとう!」


「助けてくれたのは女神様だったけどね」


 何もできず、ついさっきまで泣いていたことを思い出して、ちょっとだけ苦笑いを浮かべてしまった。

 だけど、女の子は私が泣いてしまったことについて、まるで気にしていないみたいで、ブンブンと首を横に振っていた。

 

「ううん、女神様もだけど、お姉さんが守ってくれたから。だから、ありがとう!」

 

 幼い彼女に真っ直ぐに感謝を伝えられて、今度は少しだけ照れてしまった。

 幼い彼女を守ることができてよかったと、改めて思うことが出来た。


「うん、どういたしまして」


「女神様もね、助けてくれてありがとう!」


 素直にお礼が言える、いい子だなぁ。


 女神様も私たちの傍まで来ると、微笑ましそうに女の子の頭を撫でてあげていた。


「そうだ、名前教えてくれる? 私は静永雨音っていうの」


「シズナガアマネ?」


「うん、雨音って呼んでくれるかな」


「アマネ! 私はソフィエ!」


「ソフィエね。うん、覚えた」


 名前を呼ばれたソフィエは嬉しそうに私の腰に手を回して抱きついてきた。

 

 年の離れたかわいい妹を持つ姉って、こんな気分なのかな。かわいいなぁ。

 

 私も女神様みたいに、しがみついてくるソフィエの頭を優しく撫でてあげた。


 ……女神様も私に対してこんな風に感じているのかな?

 

 隣に立つ女神様に視線を移してみる。

 目が合うと、今度は私が女神様に頭を撫でられた。

 

 ……別に頭を撫でて欲しかったわけじゃないよ。

 

「そうだ、彼女は水の女神様なんだよ」


 ソフィエに女神様のこともちゃんと忘れずに紹介する。

 

「うん。私、女神様に会うなんて初めて! 本当に女神様っているんだね」


 今度は女神様に抱きつくソフィエ。

 女神様もソフィエが転ばないよう、しっかりと受け止めてあげていた。


「ソフィエは女神様のこと知ってるの?」


「うん。私の村が平和なのは水の女神様のおかげだって、みんな言ってるよ」


「そうなの?」


 女神様に顔を向けると、片手を頬に当てて、困ったような笑みを浮かべていた。

 

 なんで、そんな顔するんだろう?

 というかそれよりも!


「ソフィエ、この近くに村があるの?」


「うん、私の住んでるとこ」


「お願い案内して!」


 ソフィエの肩を両手でがっしり掴んでお願いする。


「う、うん。それくらい別にいいよ」


「やったぁ! ありがとう!」


 戸惑っているソフィエのことを、今度は私のほうからぎゅーと抱きしめた。

 

 これで話を聞ける人に出会える!



   ◇   ◇   ◇



 ソフィエに手を引かれるまま歩き続けると、少しずつ周りの木々が減っていって、あれほど長く感じた森の景色に変化が訪れた。

 辺りを見渡せば、木造の家が所々に建っていて、何かを育てている畑がたくさん見える。


「ここが私の住むピクセス村だよ」


 ソフィエに案内されて、無事に彼女の住んでいる村に到着することができた。

 パッと見でもそこそこの数の家が建っているので、私がここに来てしまった理由について、詳しい話を聞けるかもしれない。


 もしかしたら、女神様も私をここへ案内したかったのかな。


「おーい、ソフィエー!」

 

 村に足を踏み入れると、奥のほうでソフィエのことを呼ぶ男性が見えた。


「父さん! ただいま!」


 どうやら、男性はソフィエの父親みたいだ。

 ソフィエは父親の傍まで駆け寄って、そのまま抱きついていた。


「森はどうだった? 今日はたくさん採れたか?」


「ううん。それがね、途中でウルフに襲われちゃって」


 ソフィエの言葉を聞いた瞬間、父親の顔から血の気がサーッと引いて、青ざめた顔になった。

 そしてすぐに、怒鳴るようにソフィエを問い詰め始めた。


「どうしてだ!? 森の奥まで行ったのか!?」


「う、ううん。いつもの場所だよ。いつもの場所にウルフが三匹もいたの」


 ソフィエはたどたどしくなりながら、父親に森での出来事を報告していた。

 父親はソフィエの話を聞いてとても驚いていた。

 

 それから、話を終えたソフィエの父親は、私と女神様の前に来て、自己紹介をしてくれた。

 

「ソフィエを助けていただき、ありがとうございました。この子の父親のダンと言います」


「雨音といいます。こちらは水の女神様です」


 話すことができない女神様の代わりに私が自己紹介する。

 すると、突然ダンさんは女神様の前でひざまずいて、頭を下げた。


「偉大なる水の女神様、お会いすることができて光栄です。再び、このピクセス村に足をお運びいただけたこと、嬉しく思います」


 突然畏まった口調で話し始めたダンさんに、私は思わず目を丸くした。

 女神様は笑顔を浮かべていたけど、目の前でひざまずくダンさんに、どこか困ったような表情をしていた。


「娘のことでお礼をさせてください。これより歓迎の準備をさせていただきますので、後ほど村長の家にお越しください」

 

 ダンさんがソフィエに向き直る。

 そして、背の低いソフィエと目線の高さを合わせて、大事なことを言い聞かせるみたいに話し始めた。


「ソフィエ、今から俺は村長に女神様のこと伝えに行くから、女神様たちをご案内するんだ」


「うん。わかった」


「では女神様、アマネ様、後ほどお会いいたしましょう」


 ダンさんは軽くお辞儀をすると、そのまま私たちの返事も待たずに、走り去ってしまった。

 


   ◇   ◇   ◇



 どうやら、女神様が訪れていることは一瞬で村中に知れ渡ったらしい。

 そのせいか、出会う人みんなが女神様を前にすると、ひざまずいて拝み始めていた。

 ついでに私もなぜか拝まれるので、反応に困ってしまった。

 女神様も少し困ったような顔をしている。


「それにしても、女神様すごい人気だね」


「うん。この村では水の女神様が森に恵みを与えてくれているから、村が豊かなんだって、みーんな言ってるよ。水の女神様への感謝は忘れちゃいけないんだって」


「へぇー」


 そういえばここまでの道中、女神様は果物の木にお水をあげたりしてたっけ。

 案外、村が豊かなのは本当に女神様のおかげだったりするかもね。

 当の女神様はなぜか私と同じように、感心しながら話を聞いている気がするけど。


「ほら、あれ見て」


 ソフィエが指差すところに青色に塗られたこけしのような置物がある。


「あれは何?」


「あれは水の女神様の御守り。家の前に飾ってね、このまま村の平穏を御守りくださいってお願いするの」


 辺りの家の前を見渡してみれば、あちらこちらに似たような置物が見える。

 この村での水の女神様への信仰は相当根深いみたいだ。


 ……ここまで村の人達に信仰されている女神様って、やっぱりとってもすごい人なのかな。

 私、無礼な態度とか取ったりしてないよね?

 どこにでもいる普通のお姉さんみたいに接してるけど、もっと敬ったほうがいいのかな。

 

 女神様のほうを見てみる。

 『なに?』と言わんばかりに首を傾ける女神様。


「私、天罰下ったりしませんよね?」


 思わず聞いてみる。

 すると、女神様は笑うような仕草をして、私の背中をぽんぽんと叩いた。

 大丈夫みたいだね。


 それにしても、村の人たちと女神様本人の温度差がすごい。

 私はお堅い女神様より、今の女神様のほうが接しやすいから別にいいけどね。


 ソフィエの案内で村の中を見回った私たちは、ほどよいタイミングで村長さんの家を訪ねることにした。


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