第2話 第一村人と獣たちとの遭遇
森の中を一体、どれくらい歩き続けただろう。
体感的には数十分くらいは歩いている気がするけど、未だに右を見ても、左を見ても、木と草ばかりで景色は変わってない。
これ、女神様の助けがなかったら間違いなく遭難してたね……。
どこまでも同じ景色に見える私と違って、女神様はちゃんと行き先が見えているみたいで、私の手を引きながら森の中を進んでいく。
そんな中、女神様は道中で果物が生っている木を見つけては水を与えていた。
初めて女神様が手のひらからジョウロみたいに水を与えてる姿を見た時は、思わず感嘆の声が漏れてしまった。
他にも林檎っぽい果物がちょっと高いところに生えているのを見つけた時は、水を勢いよくシュッと飛ばして、果物を私に取ってくれた。
「女神様すごい! かっこいい!」
私が褒めると、女神様は両手を腰に当て、誇らしげに胸を反らした。
まるで、女神様から『えっへん』って聞こえてきそうだった。
そんな感じで女神様による森の中ツアーを満喫していると、突然叫び声が聞こえてきた。
女神様と顔を見合わせた後、私は叫び声のした方向へ視線を向ける。
「女神様、あっちから聞こえましたよ! 行きましょう!」
今度は私が女神様の手を引いて、声がした方向へ走り出す。
私に手を引かれた女神様は突然の出来事に戸惑っているみたいだった。
◇ ◇ ◇
木々をかき分けて進んだ先で、灰色の毛並みを持つ獣に囲まれている女の子の姿が見えた。
囲まれている女の子は私よりだいぶ年下に見えた。
あの子、小学生くらい……かな?
それに、あれは……狼?
女の子を取り囲んでいたのは、灰色の毛並みを持つ狼みたいな獣だった。
狼っぽい獣は女の子を獲物と定めているのか、彼女との距離を詰め始めていた。
「このままじゃあの子が襲われちゃう!」
辺りを見回して、近くに転がっていた太めの長い木の棒を拾う。
女の子を囲んでいる獣の数は三匹。
その中に一匹だけ、他の二匹に比べて一回り大きな獣がいる。
狼は群れで行動するなんて聞くし、そいつが二匹のボスかもしれない。
私は女の子を囲んでいる三匹の後に走って、そこから手持ちのスクールバッグを大きいほうの獣になりふり構わず投げつけた。
投げつけた鞄は外れること無く、獣の胴体のお腹の辺りに当たった。
すると、獣たちの意識が一斉に私のほうへ向いた。
邪魔をされて苛立ったボスらしき獣が、私に鋭い眼光を向ける。
そして、獲物の変更を宣言するみたいに吠えた。
女の子を囲っていた輪が私に変更された。
「女神様! あの子のことお願いします!」
威嚇も兼ねるように大きな声を出して、女神様に女の子のことを任せる。
女神様は最初うろたえていたけど、慌てて女の子の元へ駆けつけてくれた。
獣たちの意識が逸れないように木の棒を構えて、睨みながらゆっくり後退する。
獣たちも私に合わせて、ジリジリとこちらへ寄ってくる。
とりあえず、獣たちの視線を女の子から私に向けることに成功した。
それから、一旦、冷静になって。
今、自分がとてもまずい状況に置かれていることに改めて気がついた。
どどどどうしよう。
あのままじゃあの子が襲われそうだったから、思わず飛び出しちゃったけど、このままじゃ私がやられちゃうよ!
足を止めること無く後退し続けるけど、獣たちも変わらず私との距離を詰めてくる。
手元にあるのは頼りない木の棒一本のみ。
普通この装備で戦う相手じゃないでしょ!
こういう時はもっと、水色のふよふよしたやつとかと戦わせてよ!
獣たちと睨み合いを続ける中。
次第に奴らとの距離も少しずつ縮まってきている。
今から狼たち相手に背を向けて、逃げるのも無理そうだ。
ええい、覚悟を決めろ、静永雨音!
今日はもう十分、突拍子もないイベントはたくさん済ませているんだ。
狼と戦うことが増えるくらいなんてことない、なんてことない、なんてことない!
切り替えろ、切り替えろ、怖くない、怖くない、こわくなあい!
心の中でひたすら自分を鼓舞して、覚悟を決める。
獣たちとの距離がさらに小さくなってきた時、私は思い切って一番近場にいた小物の獣に向けて飛び出した。
一斉に飛び込まれたらおしまい。だから、私は先に攻撃を仕掛けることにした。
獣たちはとても慎重に距離を詰めていた。
だからこそ、追い詰めているつもりの獲物が急に飛び出してきたことに動揺したのか、獣たちの反応は遅れた。
私は近場の一匹に木の棒を振り上げ、獣の顔めがけて目一杯振り下ろす。
振り下ろされた木の棒は外れることなく、獣の顔にクリーンヒットした。
獣は一瞬だけよろけると、逃げるように後ろに飛んで私との距離を開けた。
仲間がやられたのを確認した他の獣たちも後退して、私との距離を広げる。
私の一撃を食らった獣たちは、怒っていることを主張するみたいに再び吠えた。
決死の気持ちで先手を仕掛けてみたけれど、獣が倒れることは無かった。
また、諦めてもくれなかった。
一度、後退した獣たちはまた前進し始めて、私との距離を詰めてくる。
……もう不意打ちは効かないよね。
獣たちが、自分のことを変わらず獲物として定めるこの状況に、嫌な汗がにじむ。
……次は一斉に飛びかかってくるかな。
最悪な予感が頭をよぎる。
そうなればおしまい。
あの牙に噛まれちゃったらすぐに死んじゃうかな……。
一歩、また一歩と、獣たちが間を詰めてくる。
獣たちとの距離が今までで一番近くなった。
その時、一匹が私に向かって飛び出してきた。
飛び出してきた獣に対して、木の棒を横にして、私に噛みつこうとする牙から身を守る。
「ぐぅぅぅぅ」
かろうじて一匹の突撃に反応することはできたけど、手はふさがってしまった。
そこに二匹目、三匹目が、続けて飛び出してくる。
突っ込んでくる二匹目に体を向け、抑えている獣をぶつけることで攻撃を防ぐ。
「くうぅぅぅぅ!」
しかし、三匹目のボスらしき獣に対処することができない。
三匹目の獣は横から私のお腹に狙いを定めて、飛びこんできた。
だめだ! 噛まれる!
どうすることも出来ず、思わず奥歯を噛みしめて、ぎゅっと目を閉じる。
その時、体に衝撃が走った。
だけど、それは獣にお腹を喰い破られるような感じじゃない。
僅かに体が揺れるような衝撃を感じる。
おそるおそる目を開けると、獣たちが離れたところでまとまって倒れているのが見えた。
何が起きたのかわからなくて瞬きしていると、獣たちがゆっくりと立ち上がった。
そして、再び私のことを睨めつけて、こちらへ駆け出してきた。
さっきまでとは違って、今度はがむしゃらに私との距離を詰めてくる。
こちらに駆けてくる獣たちに、私はとっさに木の棒を構えた。
その途端、獣たちに向かって、すごい勢いで水の柱が伸びていくのが見えた。
大量の水が獣たちに叩きつけられている。
水が伸びていた場所を辿れば、獣たちに両手を向けている女神様がいた。
獣たちは大量の水に吹き飛ばされて、びしょ濡れになった状態でまた立ち上がる。
だけど、獣たちは一度だけこちらを一瞥すると、吠えることも無く、私たちがいない方向に走り去っていった。
……助かった?
少しだけ呆けていると、女神様が慌てて私のほうへ駆け寄ってきた。
駆け寄ってきた女神様は私の体の上から下まで、あちこち探る。
まるで、私が怪我をしていないか確認しているみたいだった。
さっきまでニコニコ笑顔な女神様だったけど、今はすぐにでも泣き出しそうな顔をしている。
なんで、女神様が泣きそうな顔をしているの?
そんな他人事のようなことを考えていると、私も釣られて泣きそうになってきた。
というか泣いた。
「めがみさまっ……ぐずっ……ほ、ほんとうにありがとうっ……うぅ……」
ただただ無我夢中で、必死に怖くないと言い聞かせながら、あいつらに立ち向かったつもりだったけど、本音をいえば、やっぱり怖かった。
そんな私の気持ちを察してくれたのか、私の窮地を救ってくれた女神様は慰めるように私を抱きしめて、やっぱり頭を撫でてくれた。
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