🌅1 序章

あゝおはよう こんにちは こんばんは 初めまして おめでとう

「成立させてはまずいだろう。冥官」

「ええ、成立させぬために、陸奥へと来ているのです。ここならば関係ない」

「だが、よいのか」

「貴方様の娘からは許可は得て、かの方の力はここにあります」

「……瘴気と我の猛気、娘の力を合わせて、本当にできるのか」

「できるかどうか、ではありません。やるしかないのですよ」


 そうして出来てしまった。そうして生まれてしまった。ある彼は昔話を思い起こしては、苦笑を浮かべる。


 いらないと言えば、いらないのであろう。


 存在するなと言われれば、存在してはならないのだろう。


 己の存在について、彼自身が一番に悩んでいた。

 自分の血は役立つものだ。しかし、それは実在してはならないもの。

 神獣にも引けを取ならない血を引いていると自覚している。だが、実在しているものではない。


 何度か問いかけ、何度も答える。

 人の悪い気の中だけではなく、負の渦にも溶け込み存在でいることが己の異質さを、改めて認識させられる。

 特別などではない。神と人に作られた変なもの。自分は人であり人でない。半妖と言うのに分類されるらしいが、元を辿ると神とも言える。だが、神とも言えるかもわからない出自だ。実在が確定してしまえば、自分は魔神すらなれると言う。


 彼は嫌であった。興味深い人の営みが、簡単に壊れてしまう様を見るのは嫌悪する。


 自分の名を呼ばれ続けることも、存在の実在を確定させてしまうかもしれない。そう考えてしまい、強い不安が襲った。実在の確定は防ぎたく、幼い頃から連れ添ってる相方に頼んで自分の名をあまり呼ばないように頼んだ。相方は蛮語、背後、蘭語、最後、マンボー、マンゴーなど。自分の名前に近いあだ名を言う。その度、自分で名前を言い直す。何度も繰り返してきたせいか、定番となった。

 己で己の存在を主張することは、自分の人としての意識と存在を維持するのに必要なこと。

 相方は自分が消えないよう、このやり取りを何度も繰り返してくれる。だが、相方もこのやり取りを楽しく感じてきたらしく、からかいと仕返しを兼ねてあえてとんでもないあだ名をつけることもある。そして、いつものように定番のセリフを返す。自分の名前に近く、もしくはズレたあだ名で言うのは相方の気遣いだろう。

 後に、上司から「ふつーにたくさん名前で呼んでも問題ないよ?」と言われたときにはぶっ殺そうかと思った。因みに、相方も同じように思ったとの談。

 諸々思い出しているうちに、彼はそうだと思い出す。


 

 そろそろ人間の世に出て、人側に偏らなければならない。

 彼は組織のある部屋で、久々に顕現を果たす。

 真っ暗な部屋に置かれたダンボールの山。部屋の空間、窓、雰囲気も肌で味わうのは初めてだ。興味深く部屋を見つつ、近くに手紙と服と靴があるのをみた。

 手紙を広げ、彼はその内容を見る。


【安吾へ

これを読んでるってことは、表に出てきたってことか。外の有様を見ているお前ならわかるだろうが、かなり時代は進んだ。置いてある服は現代の服だ。

興味があるなら、それを着て外に出てみろ。多くのものが新鮮だぞ。あと、お前の名字は鷹坂。鷹坂安吾となった。気軽に名字を名乗っていい時代になったし、ないと困る時代でもあるそう名乗っておけ。

社会勉強の一環として、絶対に外に出ろ。行っておくが、お前の常識は通用しないと思え。

鷹坂安吾の相棒より】


「……鷹坂安吾」


 自分自身の名前をつぶやき、彼は着ている服を見る。

 小袖という時代を感じさせる着物。すでに役立たぬの言うのであれば脱ぐしかない。下着も変わっているのであろうかと褌をみて、苦笑したあとは服を手にする。

 下着らしきものと上のTシャツを見つけ、興味深そうに見つめた。


「へぇ、袴着やすくすたものみでね……。こぃはでったらだ穴がら着る服と見でいのだべが?」


 ジロジロと見てどう着るのか模索した後、彼は正しい着方で用意された服を着る。


「ふむ、窮屈な感ずはすますがまあいびょん。あど、下駄ではなぐ靴ずやづに足袋ではなぐ靴下ば……」


 仲間の生活を見たこともあり、真似して履いていく。身なりを確認したいが土足厳禁であることを思い出し、彼は靴を脱ぐ。鏡はないかと思い、彼らの真似をして部屋を出る。

 多くの部屋につながるドアに、フローリングの廊下。キッチン付きリビングとカーペットの上にあるソファーとテーブルに、大型のテレビが台の上にある。

 窓から日がさす空間は明るく、なんとも心地よいことか。仲間が過ごしている空間にいることに、薄く閉じられた目もまん丸く開くというもの。新鮮でまた別の世界に訪れたようにも思えた。彼は自分の状態が浦島太郎和あると苦笑をした。

 部屋の廊下に大きな姿見鏡があるのに気づき、姿を見る。

 緑色に見える長い黒髪をしたおかっぱの男性がいた。目は薄く目を閉じられており、糸目のように見える。変わってない姿に、苦笑を浮かべた。


「……変わってねな」


 苦笑をする前に、彼は自分の髪が長いままではおかしいと考える。部屋に戻り、ダンボールの箱を開けて、彼は紙紐を出した。櫛を手にし姿見の前で髪を整え、一つに縛る。

 見た目はいいだろう。外に出るといっても、まず何をすべきかと考えたときだ。

 カウンターの上に手紙があることにまた気づく。

 鍵とがま口の財布があった。それを手にし、彼は手紙を広げて中身を読んだ。


【外に出るってことで迷ってるだろ。お使い任務、お財布の中にあるお金で買えるものだけ買ってくる任務な。少し世間に慣れろ】


 数百年以上は引きこもっている己に、中々鬼なことをする相方だ。見ているから知っているだろではないし、習うより慣れろはエグい。呆れながらお財布をズボンのポケットに入れた。

 鍵の使い方も見ており、二つとも落としてはいけないと理解している。近くで何を買えばいいのか、その前に地図がなくてはここに辿り着かないことを思い出す。

 エグいことをする相方。だか、今まで姿を表さないことをいいことに、耳元で彼をからかってきた。そのツケがここで回ってきたのだと、彼は考える。


「……仕方ね。さでこぃがら……おっと」


 彼は自分の口を押さえ、苦笑いをした。


「いけませんね。一人になるとつい地の喋りが。何のためにこっちの喋り方を練習していたのか、わからなくなってしまいます」


 方言での喋りは普通は通じない。イントネーションも違っており、相方と話している機会に、相方に喋りの練習に付き合ってもらった。

 彼は靴を手に、玄関に行く。土間において靴を履く。指差し確認をし、彼は玄関のドアを開けて鍵をする。

 玄関から離れて、敷地内の外に出る。日差しの暖かさに彼は空を見た。

 まばゆい太陽に山から聞こえる鶯の声。道路を走る車の音に、葉っぱが擦れる音に風の音。

 西暦2010年。平成22年4月。過ごしやすい陽気の時期に現れたのは幸運とも言えよう。周囲の町並みを観察しながら眩しそうに微笑みを作った。


「さあて、何処へ探検に行きましょうか」


 鷹坂安吾は楽しそうに歩き出していった。

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