【みじかい小説No.8】十枚目の皿

くさかはる@五十音

第1話

四谷怪談でよく知られた話に、皿を数える女の話がある。

主人の大事にしていた皿を一枚割ってしまい、それを夜な夜な数えて足りない足りないと嘆く女の話である。

女の名は、お岩。

彼女は今夜もまた、屋敷にしつらえられた井戸に立って皿を数える。

「一枚、二枚、三枚……」

両手に抱えた皿を大事そうに数えてゆく。

「五枚、六枚、七枚……」

皿は全部で十枚あるはずである。

「九枚……」

しかし、今夜も一枚、足りない。

お岩の顔が醜く歪む――。

その時であった。

井戸のそばに佇む影がひとつ。

その足元は、濡れている。

「誰――?」

お岩が問う。

影の主は大きな腹をぺしりと叩いてこう言った。

「毎晩、精が出るねぇ。」

腹に充てた手には水かきがついている。

「どれ、こんやも一枚足りないんだろう?」

月明かりが声の主を照らし出す。

「あなたは、たしか、河童さん――?」

死ぬ前にもお岩には少女時代があった。

河童という不思議な生き物の存在は、母がしてくれた寝物語の中で知っていた。

「おうよ、おら、河童だ。」

お岩は目をぱちくりさせる。

そういえば己は死んだのだった。

亡者となった己は、なるほど不思議の世界に近い存在なのかもしれなかった。

亡者の己が河童と出会う。

なんとも不思議なこともあるものだと思った。

「おまえ、皿が必要なんだろう?」

河童が言う。

「ええ、まぁ。毎晩数えるのだけれど、どうしても一枚足りないの。」

問われるがままにお岩は答えた。

「じゃあ、最後においらの頭の皿を数えるといい。これで十枚だ。文句なかろ。」

突然の申し出にお岩は言葉をなくす。

「いいから、数えてみろって。」

言われるがままにお岩は数えだした。

「……八枚、九枚……」

最後に、河童の頭に手を添える。

「十枚――。」

そう言葉にした途端、お岩の内にあたたかいものが生じた。

ぽつり――と、涙が頬を伝って溢れる。

「な、これからおいらが毎晩ここへ来て十枚目になってやるから、だから、もう大丈夫だ。」

涙がとめどなく流れる。

「ありがとう、河童さん」

ひとしきり涙を流した後、河童の手を取ってお岩は言った。

満面の笑みをたたえながら。

「いいってことよ。毎晩毎晩すすり泣きを聞かされるよりは全然ましだからな。」

そう言うと、河童はへへっと鼻をすすった。

それからというもの、皿屋敷ではすすり泣きの代わりに、毎晩何やら楽しげな声が響くようになったということである。

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