第30話 余日
NEO芸能事務所が所在する千葉県から車を走らせ1時間。向かったのは東京都港区の赤坂。
赤坂といえば芸能界を
一見、華やかな世界として
これから起きる出来事に少しだけ億劫になりつつも、ハンドルを握りしめて信号で止められたアクセルを踏み直した。
▼▽
部屋には沈黙と張り詰めた緊張感が満たされている。
その緊張感を楽しむ者、怯える者、または一興と胸を躍らせる者と三者三様な人々が集っていた。
ここはグランエンタテイメント社の15階層に位置する大会議室。事務所の方針や所属芸能人との会談を行う場所である。
部屋に納まった人数は6名。大樹と初華がこれから座る空席を
「まだなの?すみれが目をつけたというアイドルは」
ソファに腰掛け、膝の上で手を組んだある女性がその沈黙を破った。
「予定まであと10分。もう暫くで顔を出すかと」
足を組み直すと、その場に用意されたチョコレートを手に取って口に放る。苛立ちは隠さず、周囲にわかりやすい悪態を示した。
その様子を見たすみれが落ち着いた凛々しい声色で女性に話しかける。
「嬉しくないのですか?貴方に可愛い後輩ができるかも知れませんのに」
「別に興味ないし」
すみれに目を合わせることなく、捨て台詞のように短い言葉を吐くとさらにもう一粒チョコレートを口に入れた。
「富田さん。
と、篠崎と呼ばれる女性へ目をやりながら富田に質問する。柔らかな口調であるものの、明らかな不信感をこちらにチラつかせてきたため慌てて弁解する。
「
これでいいだろ?とすみれに視線を送るも一度小さく頷きを返してもらっただけで、安堵してもらえる様子はなかった。
「じゃあさー、私がしっかりやったらご褒美とかくれる?」
すみれの機嫌を取ることに集中していると、突然真椰にコートを引っ張られる。
「ほ、褒美だぁ?」
「うんそう。出流が私にいつもくれるご褒美って言ったらさ‥‥わかるよね?」
その豊満な胸を富田の腕に絡み付かせると、縛ったポニーテールを振りまく。
真椰が言っていることが何を指しているのか程なくして理解すると、富田は口角を上げて笑った。
2人が何を共通認識として話を進めているのかすみれはすぐさま理解したが、退屈すぎる茶番にため息を漏らす。しかし机に頬杖をついていられたのも一瞬、廊下へ通じる部屋の扉が音を立てながら開けられると今日の主役が姿を現した。
「ようやく、おいでなさいましたか」
すみれの目には懐かしい1人の青年の姿が映り込む。それはかつて同じ屋根の下で暮らした家族であり、人生で初めて”才能”という存在を認識させられたきっかけである人物。
同じ冬月の
▼▽
会社のスタッフに連れてこられた会議室。室内には俺と同世代と思われる6名の姿が見られ、部屋に入ると一斉にそいつらの視線を浴びた。
芸能界に携わる仕事をしている以上ある程度知名度を持った芸能人の名は既に
「そんなところに立っていないで、どうぞ席にお座りください」
そう言って着席を
何十年振りの再会なのだが、俺を含め互いに喜びの片鱗を見せることなく、一般的な社交辞令を行なってみせる。そんな居心地の悪さに追い討ちをかけるように、富田がその場から立ち上がると俺に向かって怒声を放つ。
「どういうつもりだよ、おい!なんでテメェが1人なんだよ!一角初華はどうした!?アイツも招待状に書いてあったはずだ!!」
机の台を手のひらで思いっきり叩きつけると、静寂が部屋全体を支配する。誰もが俺の言葉を待つ中、充血させる富田の目を見つめながらその質問に俺は答えた。
「初華は前日に体調を崩したため、参加を見送らせていただきました。ですが折角の機会ということもあり、今回は私1人での参加ということに誠に勝手ながら独断させてもらいました」
使い慣れない
「ざけんなよ?テメェの分際で物事を進めてんじゃねぇ。誰もお前に来て欲しいなんて思ってねぇんだよ。わかったらいいから帰れこのクズが!」
机に置かれたペットボトルを投げつけると、そのままボトルは大樹の顔面に目掛けて放物線を描く。
早く回転しているわけでも、高速で飛んでくるわけでもないそれを俺は片手で掴むとそのまま地面へと転がした。
会議は開幕早々に、不穏な空気を漂わす。
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