第31話 忠告

 全員の視線を一斉に受け、不穏な空気を感じさせる。


 俺がこの場において完全アウェーな立ち位置であることは明らかなのだが‥‥気まずいと言ったらありゃしない。

 誰か1人でも味方を連れてくるべきだっただろうか?いや、そんな頼れる仲間は今の事務所にはいない。頼みの社長も今はその顔を表に晒すわけにはいかない。どうやらこの修羅場は俺1人で抜ける必要があるようだ。


「そう熱くなるな富田。仕方ないだろ?体調不良って言ってんだから」


 大袈裟にため息を吐きながら、事実を淡々たんたんと述べる。これが建前ということは富田であっても、すみれであっても気づいているだろう。だが実のところの初華の状態を知る者ここにはいないし、術もない。

 

「嘘つけ———————」


 大口を開け、再び怒声を浴びせようとした瞬間。すみれの挙手によってそれを封じる。 

 富田が怒りの感情を抑え、冷静になったことを確認すると、すみれは足を組み替えて俺の顔を覗き込んだ。


「体調不良であれば仕方がありません。お大事になさってくださいと彼女に伝言を頼みます」


 と、あっさり初華不在の件を捌いたすみれ達に拍子抜けする。もう少し何かしらの揉み合いがあると思ったのだが、ガキのように居ない存在のことについて言葉を並べることは意味がないと判断したのだろう。


「それよりも冬月さん。今回、我々の召集に応じてくれた理由をお聞きしてもいいですか?」


 先ほどの富田と揉めた一件を無かったことにするかの如く、瞳に剣呑な感情を浮かばせる。

 それはこの時を持ってグランエンタテイメントとNEO芸能事務所、双方による会合の狼煙を上げる合図だった。


「理由?それはそちらが答えるべき問いだろう?そもそもこの話を持ちかけてきたのは富田であり、グランエンタテイメントなんだから」


 この場において互いが実の兄妹であるという事実は無用。再会の挨拶もなく、話し合いはすみれと俺が中心となって行われる。


「私たちが一角初華を召集した理由は確認をするためです。タレントカースト制度の仕組みについて」


 俺の正面の机にある数枚で構成された紙束。びっしり活字が詰まったその紙には”タレントカースト制度”とタイトルが表記されており、すみれは指を刺して読むよう俺に指図する。


「タレントカースト?聞いたことないな」


 初華を含めその全容は全て理解している。けれど今回はあくまで知らないていでいく。それが今回の話し合いにおいての肝になるからだ。


「確かに設立して間もない事務所ですからね。けれどその名を耳にしたことくらいはあるのでは?」


 脅迫までとはいかないが、少しだけ強い口調で詰め寄るとプリントに目を通していた俺に答えをゆだねた。


「初耳だな。ここに書いてあるルールも今日初めて知った」


 タレントカースト制度。その詳細が何一つ漏れることなく、細かく書き込まれている。内容が内容なだけにインパクトが強く、一度聞いたら忘れるはずのないルール。今回の計画はその犯してはいけないルールの一部に踏み込んでいることは承知していたため、こうして上層部からの呼び出しがかかることは想定していた事態だ。


「一角初華さんがアイドルとしてUAAフェスに出演する際、タレントカースト制度を取り仕切る委員会に申告する必要がありました。それはタレントカースト制度の適用者になるという証明と、そのための契約金の支払いです」


 無理難題。理不尽。そんな言葉が似合うこの制度にはいつ内容を聞いても耳を塞ぎたくなる。

 デビューするにも金、出演するにも上の人間に申告する。どうして人間はこうも狭い制約の中で生きることが強いるのだろうか?


「それは存じていませんでした。もしかして今回はその費用を支払うことを要請するために?」

「そうですね。それも今回の蟠りを解決するための一策とは思いますが、委員会はこれを不問にすると連絡がありましたので我々としても目を瞑ることにしました」


 委員会?そんなのも芸能界には存在するのか。そんな面倒くさい一面に頭を抱えていると、すみれは続けて言葉を続けた。


「制度に関しての確認は済んだところで、今回召集をかけた表向きの理由はこれで解決しました」

「表向き?」


 凛々しい声でそう述べるすみれに、首を傾げて質問を返す。


「ここからは我々の私情。タレントカースト制度を取り締まる委員会に変わって忠告致しましたが、折角の機会ですので少しだけお話しをしませんか?これからの未来について」


 意味深な台詞を吐くと、真っ直ぐ俺の瞳を捉えた。

    

※タレントカースト制度に関しては今日中にまとめて更新します。

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