第29話 BET

 12月某日ぼうじつUAAフェスが無事に閉幕し、一角初華というアイドルが世間に周知されるようになってから数週間が経つ。フェスの影響といえば、Our Tubeを含めた動画配信では初華ういかの投稿するチャンネルの総再生回数が700万回を超えるという快挙かいきょを見せたことだ。

 近年注目を浴びているアイドルを特集する情報誌では”アイドル界の超新星” ”主役食い” “最強の復活”

などとフェスの活躍からつけられた異名はまたたく間に芸能界でとどろく。


 そのためか多くの音楽番組やバラエティへの出演依頼が会社宛てメールに届いており、早速番組の視聴率貢献に利用しようと貪欲どんよくな人間が多く現れた。本来ならば担当するアイドルの認知度を向上させるために許可することが最善策なのだろうが、NEO芸能事務所の戦略方針は異なる。


 一角初華デビュー計画、その第一段階は株式会社Go games社長のマックイン氏を計画に加担させることが成功条件。それを完遂かんすいできた今、NEO芸能事務所は次のフェーズに進むことを余儀なくされた。


 計画最終段階、戦いの舞台は東京秋葉原。アイドルの聖地で火蓋ひぶたが降ろされる。

 

 


 ▼▽



 ————そんな誰も知らない苛烈かれつな未来が待つ中、各々の役者達は変わらない日常を過ごしていた。


「凄いね香澄、みんなこっち見てる。話しかけたいけどって緊張して近づけないって感じ」


 教室の隅で談笑しながら昼食を取っている初華達に羨望せんぼうの視線を送るクラスメイトの姿が希美の目に映りこむ。中には手紙らしきものを持った子も見られ、その現金な様子に苦笑いを浮かべた。


「んー?そう?」

「自覚なし。アンタがそんなじゃ一生あの子たちの気持ちも成就しないね」


 食事も半分ほど進んだところで、ただ頭に浮かんだ世間話を初華に持ちかけようとしたその時。1人の女子生徒が遠くで初華を眺める集団を掻き分けてこちらに歩み寄ってきた。


「あ、あの隣のクラスの奥山胡桃です!えっと、初華ちゃんのステージ!フェス会場で見てました!!握手してくだひゃい!」

「—————え?」


 初華は箸でつまみみ上げたハンバーグを持ったまま、その場で硬直させた。かという私も突然現れた噛み噛み女子生徒に動揺し、どうしていいか分からず混乱していた。

 けれどさすがアイドル。突然の出来事に対して柔軟な対応を見せる。


「わぁ〜ありがと!これからも応援よろしくね!」

「ひゃ、ひゃい!こちらこそ末長くよろしくお願いします!」

「ふふふ。なんだか結婚の挨拶みたいだね?」

「ふえぇぇ!?そそそ、そんなつもりはッ!!!!」


 慌ただしい子ではあるが素直でいい子なのが伝わってくる。

 アイドルは異性だけでなくこういう同世代の女の子にも人気があるのだなとうなずいていると、先ほどまで様子をうかがっていた初華のファン達がどっと押し寄せできた。きっとこの子の飛び出しが、彼らの背中を押したのだろう。


「これは大変だ。頑張ってね〜初華」

「え、えぇ!?ちょっと待って——————」


 歓声が湧き上がる教室を端目に、私は初華を置いて廊下に出た。教室に比べて風が吹き抜けており、すずしい空気が肌をでる。


「初華がデビュー一番乗りか。先駆けされちゃったな」


 希美の心に生まれたのは2つの感情。1つは寂しさ。デビューしていない同じ土俵から輝かしい世界に立った初華をうらやみ、ひしひしと感じる孤独。そして2つ目は焦燥しょうそう。これに至っては単純で、早くバンドを組んで初華と同じステージに立ちたいという願望である。


 だが希美は初華と異なり、ある程度関係を築いた人間でなければ心を開くことがない一匹狼。誰にでもフレンドリーな彼女とは異なり、2人は性格が正反対。


 アイドルは1人でもできるが、バンドは他人が揃わなくては始まらない。初華であればすぐにメンバーなど掻き集めるだろうが、皮肉なことに希美はそんな芸当を持ち合わせてはいない。


「私も、初華みたいになれたらな」

 

 教室の喧騒けんそうを背中に、希美は郊外に広がる景色を瞳に映していた。



 ▼▽


 そんな何気ない学校生活を初華と希美が謳歌していた頃。NEO芸能事務所では次の計画に向けて話し合いが行われていた。


「じゃあ来週の火曜日、大樹君は事務所には来れないということね?」


 事務所の一角にある1つのテーブルを2人で囲うように座る。中央にはマドレーヌやマカロン、クッキーといった焼き洋菓子が並んでいた。


「そうなりますね。夜分遅くなるのでビジネスホテルを取るなりどうにかします」

「先方の事務所は詳細を何も言ってこないの?終わる時刻くらい明確にしてくれてもいいと思うのだけれど」


 先方の事務所というのは先日顔を合わせた富田や怜が所属するグランエンタテイメント社のことだ。話し合いの議題は、その時富田から渡された招待状についてだった。


「始まる時刻は午後16時半。何をするにしても少し遅めの時間帯です。こちらが当日にとんぼ返りで帰れないように仕向けられたとしか考えられません」


 招待状の内容は、俺と初華2人でグランエンタテイメントを訪れてほしいとのこと。そして招待状を受け取ったことを社長に知らせないで貰いたい。集合時間だけ書き添えられて、あとは特に詳細を明かしているものはなかった。


「別に無視してもいいのよ?少なくともこれは貴方が考えた計画の範疇はんちゅうに含まれていたものではないのだし。それにこれは相手の罠だと疑った方が理にかなってるわ」


 裸で敵の陣地に突っ込むような真似はするなと、社長からの遠回しのメッセージ。確かに前回の初華のようにそこで俺たちを始末するという可能性はないわけではない。

 だが一角初華を名乗って早2週間。そこでマネージャー諸共死亡したとなれば、少しばかり世間がざわめく。警察やジャーナリストも少なからず芸能界に対して動きを見せるはずだ。

 

「社長が警戒する気持ちはわかります。ですので俺が1人で行くと言っているではじゃないですか。これなら‥‥まぁ百に有り得ませんが俺が死んでも社長とそして初華がいれば計画の背骨は折れませんから」


 俺と社長の討論はまとまりつつあり、俺がグランエンタテイメントに特攻する。という話になろうとしていた。


「これは相手側の腹の底を探れるまたとないチャンスです。利用しない手はないでしょう。それにもし相手が暴君のような真似に出たとしても、俺1人ならどうにかしてみせる自信があります。そのための手札も用意していくつもりです」


 第一段階の計画よりギャンブル性の高い次の計画。初華の命を賭けるならまだしも、俺の命をBETすることで何百倍の成果が返ってくるのであれその決断は硬い。


「大丈夫です。こういう時にこそ俺を使ってください。化かし合いなら負けませんよ」


 

 

 

 

 


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