第28話 夢

 夢を自覚してみることを、世の中では明晰夢めいせきむというらしい。大概たいがいの人間は夢から目を覚ましたらほとんどの記憶が頭から抜けている。理屈りくつとしては起きている時より睡眠時の方があらゆる事象を脳に定着させにくいからというのが有名な一説だ。


 勿論もちろん、俺も今まで見た夢を正確に覚えているかと言われれば首を横に振る。

 

 ある一種の夢を除いては。


「‥‥‥‥何回俺はこの夢を見させられるんだ?」


 この光景を何度見たか。もはや両手の指を折っても数えきれない程の回数を超えて、俺の目の前に現れた真っ白な世界。

 音も、光も存在しない。ただ真っ白な地と空が広がった虚無きょむの世界だった。


 誰かいないのか?そう思い周囲を見渡せばいつも決まったタイミングで俺の背後に立っている。

 数は4つ。家族3人の影と怜の影だ。どういうわけか知らないが、昔に俺と馴染なじみ深い人間がこの夢に現れる。


 幾度いくどとなく経験したその予測はすでに確信の域を達しており、今回もそうだろうと呆れながら後ろを振り返った。


「‥‥え?」


 予想は簡単に裏切られる。否、4つの影があったのは正しかったのだが、その影をかこうようにして1人体育座りをしてコチラを見つめる1人の少女の姿があったのだ。


 白米のような純白な肌色とにこやかに笑う姿は少し不気味で直感的に俺を警戒させた。


「やっほ。ここじゃ初めましてかな?冬月大樹君」


 どうすればいいのか、途方とほうに暮れていると少女の方から話しかけてきた。


「なんで俺の名前を?というよりアンタは?」


 湯水のように湧いてくる疑問が俺の口から溢れ出す。ここがどこなのか聞くより先に、少女の存在が何者なのか気になったからだ。


「私は—————メイ。みんなにそう呼ばれてたよ」


 メイ?聞いたことのない名前だ。すみれや怜のような俺の身近にいる人間という可能性は極めて低いな。


「メイか。君はどうして俺のことを知っているんだ?もしかして覚えていないだけで俺の知り合いだったり?」

「んーどうだろ。その質問には答えかねるかな」

「それはなぜ?」


 首を傾げながら俺が質問すると、彼女は淡々たんたんとそれに対して返答を返した。


「正解とも、間違いとも言えないもん。少なくとも君の夢にこうやって出演できてる時点で、接点のある人間だってのは君も勘付かんづいてるんじゃない?」

「それは‥‥まぁ」


 心中に抱えていたことをズバリ的中されたため、言葉を詰まらせながら彼女と向き合う。見れば見るほど体が小さく、歳で言えば6歳くらいの小学生。

 けれど純真無垢じゅんしんむくな子供と話している感覚はなく、ある程度の人生経験を積んだ女性と相対しているものに近かった。


「まぁそこら辺の話は置いといてさ。少し私の話に付き合ってよ。時間もないしね」

「時間?」


 夢に時間という概念がいねんがあるのかすら知らない俺は、単純に興味があって聞き返す。


「そう。君が生きる現在の時刻は午前4時50分。君はいつも5時あたりに意識を覚醒してるから残された時間は僅か10分しかないの」

「‥‥そうか。なるほど」


 なんで俺の細かい起床時刻まで知っているんだ?と再び質問を重ねようと思ったが寸前で止める。今は彼女の話を聞くことが質問より確実に意義があると判断したからだ。


「聞き分けがいいのは助かるよ。いちいち説明していたらあっという間に制限時間が来てしまうからね。それでさ、早速君にアドバイス‥‥というより忠告したいことがあるんだけどいいかな?」


 するとまばたきをする間もなく少女は俺の目の前に移動した。間近で見た髪は透き通った白色で透明感がすごい。ここは天国で彼女が天使と言うのであれば、俺はそれを信じる自信がある。


「忠告って、何を?」


 まさかこの歳になって幼女に何かを叱責されるとは思わなかったため、頬を引きらせながら彼女に問いかけた。

 だがこの瞬間、彼女の顔は先ほどの笑みなど片鱗も見せず、ただただ真剣な眼差しでコチラを捉えていた。


「冬月大樹君さ、芸能界に入った目的を履き違えてるよ?」


 その目は少女のものではなく、人外のような雰囲気を漂わせた。放たれた言葉に温度はなく、今まで平静を保っていた俺の感情ですら崩れさせた。

 

「どういう意味だ?」

「まんまの意味。君は、冬月大樹が芸能界に入った目的を知らない」

 

 哲学にもように聞こえる台詞を堂々と真正面で伝える少女、メイ。言い分が理解できない俺を置いて話を進めた。


「家族に復讐とか見返してやるとか。それが本当に貴方が芸能界に入った理由?芸能界を牛耳ぎゅうじる連中をつぶすことが貴方の目的?」

「あぁそうだ。俺は自分を見捨てた両親や人生を滅茶苦茶にした怜たちに復讐するために————」

「それはあくまで表面上の目的でしょ?本当にしたいことは心の奥底に忘れてきたまんま。今、貴方が口で揃えた理由や目的には芸能界に入る筋が通ってない」


 反論しようとする俺の言葉を、少女は強引にふさぐと話を続けた。

 

「今は絶対的最強のアイドルという剣と、最高傑作のマネージャーという盾を持った貴方に太刀たち打ちできる人間はいない。けれどその先に広がってるのは強い信念を持つ人間だけが生き残る世界。そんな曖昧な目標を持った貴方は簡単に淘汰とうたされる」


 好き勝手言う彼女に対し、一言反論をかまそうとした瞬間視界が揺れているのに気づく。この前兆は俺が夢から覚めることを意味していた。

 もう時間がない。その事実を察した俺は、最後の質問を言葉にする。


「お前は俺の、何を知っている?」


 意識が朦朧もうろうとする中見失わないようにしっかりと彼女を捉えて答えを待つ。そして最後、俺の瞳に映った姿はつつましく上品に笑うメイの姿だった。


「全て」


 

 

 


 



 

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