第27話 Next Step

 俺の手を取れ、そんな無言の圧力を加えると同時に勧誘の意をべながら初華の眼前がんぜんに手を差し出した。


初華ういかちゃんがいる場所はそこじゃないだろ?そんな薄汚い弱小事務所にいても出世できねぇぜ」


 不意打ちと言ってもいい勧誘が富田の口から飛び出ると、急な事態に動揺している初華の姿が窺えた。横目でチラチラとこちらに目を合わせてくるあたり、俺からの助け舟を要請している。


「急になんだよ薮から棒に。言っている意味がわからない」


 二歩、三歩。歩みを進めて初華と富田の間に割り込むと説明を求めるよう訴えた。


「意味ならわかるだろ。誰だって売れたいなら名の通った事務所に所属しょぞくするべきだ。お前らが今いる泥舟より、将来性がある船に乗った方がいいに決まってる」


 「だよな?」と、富田が自身の隣に立つ怜に共感を求めると彼女は無言でうなずき、続けてこう発言した。


「貴方が自分の人生を彼女に賭けていることはよくわかった。それに値する莫大ばくだいな価値があるのも今日のステージで証明された。なら次に貴方がすることは決まってる。頭のいい貴方ならわかるでしょ?」


 あおり気味にそう答える怜。まるで俺の考えていることなど全て見透かしているなどと言いたげそうな顔をしながら。

 確かに芸能界において盤石ばんじゃくな地位を築くのであれば、実権を握るグランエンタテイメントに移籍することが初華の将来にとってプラスになることは明らかだ。だがそれは一般的な芸能人がする常套手段。俺たちが目指しているのはあくまでトップ。実権を握る連中すらも掌握しょうあくし、芸能界そのものに変革を起こすことが初華の目的であり、社長の悲願だ。

 その手段は俺たちは持たないし、選ばない。


「悪いが俺達にも俺達なりに構築した計画ってのがある。それはそちらも同じだと思うが、あまり口を出さないで貰いたい」

「なんだよそれ、言ってみろよ。お前の沸いた頭で何ができるんだ?」

「沸いてんのはそっちだろ。自分達の会社の経営方針をどうして部外者の人間に律儀に話す必要がある?少しは頭の中で整理してから言葉を喋れよ」


 下手に出ればいいように使われる。ここはそういう世界だ。なので強気な態度はそのままで富田と対峙する。ここでまんまと勧誘を受諾じゅだくし、計画序盤から相手の策に弄されるつもりはない。


「ハッ」


 一度短く笑った富田は自身の太い腕を大樹の胸倉むなぐらへと伸ばし、強烈ににらみつける。


「いい気になんなよ雑魚が。昔馴染みだからって俺は容赦しねぇぞ?」

「だったらどうする?一度殴ってみるか?それでお前の気が晴れて、めでたく刑務所行きってなら俺は喜んでお前の拳を受け入れるぞ」

「ちょっと何やってんの富田!!落ち着きなさい!!」


 しばらく時計を見ていないから曖昧あいまいだが、恐らく後半の部開始まで15分は切っているはずだ。となると先ほどからこちらの様子を見ている連中はその演者達ということになる。

 富田の性格が芸能界じゃ割れているのか知らないが、これ以上事を大きくすれば面倒なことになる。それを察した怜がいち早く富田の腕を引き剥がした。


「貴方は事務所のエース。問題沙汰を起こせばウチの損失は計り知れない。その事を自覚してる?」


 怜の言葉が富田の額に浮かんだ青筋が収めると、一つ息を吐いて精神を落ち着かせた。

 果たして怜は本心から今の台詞を吐いたのか、はたまた富田の気分を良くするために言ったのか。どちらにせよ、あり得た最悪の未来を防げたことには変わりない。


「‥‥そうだな。俺はコイツと違う。輝かしい未来が決まっていて、成功が約束されてる。こんなところで落ちぶれるわけにはいかねぇよなぁ」


 つかんでいた胸倉の手を離した事で、達せられた怒りが落ち着いたのか冷静な態度をキープしながらズボンのポケットから一枚の紙を取り出した。

 そしてそのまま俺の真横を通り過ぎると、初華の元へと歩み寄る。


「ここに指定された日付と時間、そして場所が書いてある。初華ちゃんには是非来てほしい。君に相応しい場所に招待する」


 その瞬間、初華の足から頭の体全てに視線をやると品定めをするような目を覗かせた。

 一波乱あった富田出流との邂逅だったが、ほとぼりもなく事態を回避する。



 ▼▽


「ハァァァァァ、疲れた!!」


 両腕を帰りの車内で、思いっきり伸ばしながら初華は叫んだ。


「まぁ久しぶりのステージだったしな。疲労も溜まるだろ?」

「いや?別にフェスに関してはそんなに疲労はないかな。私が言ってるのはアイツのこと!わかるでしょ?」


 アイツ‥‥といえばもうアイツしかいないのだろう。心当たりが1人しかいないクイズに俺は即答した。


「富田のことか?」

「そうだよもう。なんなのアイツ!人の気持ちがわかったみたいな言い方してさ!挙げ句の果てにはウチの事務所に入れ!?頭に虫湧いてんじゃないの!!」

「お前って、ほんと嫌いな人間には容赦ないよな‥‥」


 まぁアイドルとは言っても1人の女子高生に変わりはない。いつも笑顔を浮かべて誰にでもニコニコしている方が気持ち悪いってものだ。

 実際は芸能人ってサバサバしてる人が多いってのも最近知ったんだよな。


「あ、社長からメッセ来る!なになに‥‥?」


 振動した自分のスマホにいち早く気づいた初華が、釣竿つりざおに食いついた魚を釣り上げる反射速度のごとくその内容を既読した。


「よくがんばりましただって!!やったね!本当なら社長にも私のステージ見て欲しかったのになー」

「今回ばかりは仕方がないだろ。計画上は俺が表に出て、社長が裏でお前達の事務管理を担う役回りになったんだからな」


 NEO芸能事務所を立ち上げて初華の存在をおおやけにした以上、一ノ瀬千夏の存在が割れるのも時間の問題。事務所立ち上げからフェス当日まで騒ぎにならないようどれだけ慎重に事を進めたか。

 まぁこれからはそんなことなりふり構っていられないんだけどな。


「そっかー、でもさ!社長と大樹が考えた計画ってのが成功すれば次は社長も私のステージ観に来れるんでしょ?」

「もちろんだ。だからそのためにも明日からは計画の仕上げに入る。お前にも今日以上のパフォーマンスをしてもらう。今度はアイドル、一角初華としてな」


 るんっ。と初華は目を輝かすとその喜びを爆発させるが如く、車内で大きな声を上げながら大きなガッツポーズを見せる。


「それでそれで!?次はどんな事するの!?」


 計画のずい、それを初華に問いかけられると俺は前方の車を見つめながら言い切った。


「グランエンタテイメント所属のアイドルを、まとめて引き摺り下ろす」


 

 

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