第12話 NEO

「それは必要な話ですか?」

「そうかしこまらないでいいわ。ただの興味だから」


 一ノ瀬はからかい気味に少しだけ口角を上げながら話す。


「興味ですか‥‥なら一つだけ社長に伝えておきますが。あまり耳触りのいい話は聞けないと思いますよ?」

「ええ、構わないわ」


 そう言って一ノ瀬はどうぞ、と手のひらを返すと俺に話を促した。


「俺は今日に至るまで母にも、父にも、ましてや兄妹にも愛を注がれたことはありません。ゆえに性格がひねくれました‥‥以上です」


 淡々と話して一瞬で終わった回想シーンに一ノ瀬は口を開けたまま俺を見つめていた。


「え?今はどうしてるの?」

「生活はってことですか?1人暮らしですよ。祖父も祖母も亡くなりましたし。妹はかなり前に家を出て行きました。多分両親の家ですね」

「両親の家はわからないの?」

「分かりませんよ。あの人たちがどこにいて何をしているのか俺は知りません。知っていたとしても多分会いに行こうとは思いませんしね」


 自身の話に嘲笑ちょうしょうしながら己の過去を話す大樹。それは一ノ瀬が想像していた回答とは異なり面を食らっていた。

 とても彼が演技で嘘を言っているとは思わず、弟の刺客として私の監視をしにやってきたのかと思ったがこれは想定外だった。ならばここで打ち明けるべきだろうか。私が彼の叔母にあたる存在で、傍の血が繋がっていることを。母親が妹と同じく女優であることを。


「気にならない?お母さんやお父さん。どこにいるのか」


 私が決めることではない。これは彼の人生。母や父の存在無くしてここまで育ったおいの選択を私が決められる権利は持ち合わせてはいないのだから。


「まぁ祖母には明かさないで亡くなってしまいましたが。ぶっちゃけ住んでいる場所は分からなくても何の仕事をしていて、今何をしているのかそれくらいは何となく察していました」

「それはどうして?」

「どうして?まぁ祖母には話をしても迷惑がかかるからってのが大きいですかね。あの人たちが居なくても俺は祖父や祖母に大事に育てられましたし、色々ありましたけど生きることにおいて不自由はありませんでしたから」


 高校生とは思えないほど人生を俯瞰ふかんして見ている人間が口にする言葉だった。自分の人生を主人公として生きず、あくまで傍観者の立場で生きている。


「貴方、今の人生楽しい?」


 丁寧な口調は乱さず、微笑みの姿勢を崩さないまま彼に問いかけた私の本音だった。


「今はそこまでですかね。でも、これから楽しく生きさせてもらうつもりです」


 期待を膨らませながら語るその言葉の奥からは、正体のわからない怒りや高揚が滲み出ていた。それが無意識か、それとも自覚しているかわからないが。少なくとも今の彼はとても楽しそうにしていた。


「俺を見捨てた両親、馬鹿にしながら去った妹。これからの俺を見ていて欲しい人がこの世界には何十人もいます。一度は考えた子供の癇癪みたいな下克上も芸能界ならできる。初華との話で確信したから俺はここに居るんです」


 筋が通っているのか通っていないのか、それも含めて子供の癇癪かんしゃくと表現しているのか。彼が今考えている真意を追求するにはもう少し彼の抱える闇を覗く必要があったが、弟と関与していないという当初の聞きたかった目的を完遂できた今これ以上深掘りする必要はない。


「貴方を我が社のマネージャーとして雇います。まだ学生の身分ですので卒業まではアルバイトという扱いになりますが承知していてね」


 


▼▽


 翌日、早速俺は一ノ瀬さん改めた社長と初華を交えて今後の事務所方針を決めるために社長の自宅に訪れていた。


「では、早速話をして行きたいと思うけど‥‥まず手を下げなさい初華。とりあえず今は貴方なしで話を進めていきたいわ」

「なんでッ!?」

「どうせすぐライブだのコンサートだの言うんでしょ?言っとくけどしばらくは芸能活動はできないから」

「はぁぁぁぁぁぁぁあ!!??」


 台を思いっきり叩き、コップに入った麦茶を跳ねさせると社長の意見に猛反対する初華。


「社長交代!!代わりは大樹!!」


 などとピッチャー交代のノリで社長をクビにしようとする初華の頭に一撃を加え、話を進める。


「それはそうだろ初華。アイドルから子役に路線を変更しない限り小学6年生が今からデビューしたところでどこのテレビが取り繕ってくれんだよ」


 そもそも仮にコイツが天才小学生アイドル現るなどとメディアに持ち上げられ、目立った暁には再び芸能界で権力のある事務所に刈り取られて初華の前世の二の舞になる。

 つまりやるからには——————


「一撃必殺の大舞台。貴方を売り出すには一回のライブや出演で他のアイドルを印象を薄くするほどの結果がついてくるステージが必要なのよ」


 一方で社長とは不思議と価値観ともに経営戦略のアイデアが似ており、これまで話し合いの中で衝突したことはない。


「何それ‥‥っ、かっこいい!」

  

 アホは楽で助かる。そういうところは好きだぜ。


「そんでだ、やるからそう言った最適な環境をそろえて最適な時期にお前をプロデュースすることが必要なわけだ。要は中途半端な舞台でお前の存在を知らしめることだけはないようにしたい」


 初華のダンスや歌は聞く人が聞けば一級品のものであると見極められる。そのため妹たちに気づかれないためにも慎重になる必要がある。

 最適な環境はとにかく人の目が多い場所。つまりドームや大規模な野外フェス。そして最適な時期は。


「「高校だな(ね)」」


 やっぱこの人の思考傾向が似てるのか俺。声が被りながら再び考えの完全一致を見せた。


「なーんか。社長と大樹さ、息ピッタリだね?」


 ムスーッとあからさまにつまらない顔を見せると、麦茶を飲み終わったのかやかんに入った最後の一杯をコップに注いだ。


「なら初華のデビューは今から4年後。高校一年生の春ですかね」

 

 そうなれば俺は22歳。別にそんな歳でもないのに老けて聞こえるのは俺だけか?


「うぅ‥‥そんなに時間かかっちゃうの?」

「泣かないの。これも貴方が望む芸能界を作るための下準備なんだから。そのために貴方にはこれから今まで以上のパフォーマンスができるように練習してもらうわよ?」


 やる気をあおられた初華は途端にニヤッとした笑顔を見せると、強く胸を叩いてみせた。こう言うポジティブ思考は見習うべきなのかもしれない。


「ゴホッゴホッ‥‥咽せたッ」


 うん。単細胞なところ以外は‥‥






▼▽


 これはまだ俺たちが知る由もない7年後の世界。


 

 2030年。芸能界に深く名を刻んだとある芸能事務所を後世に残すため、あらゆる株式テレビ会社は特番を組んだ。


 それは伝説の最強無敗のアイドル。一角初華の復活。そして今は誰も知らない5人の武勇が語られた。


 アイドル、歌手、バンド、配信アーティスト、ミュージカル。芸能界を司るジャンルの真骨頂を見せてくれたあの日の夜を。伝説を人類は忘れることはない。


 最後に、特番の番組名は3文字でこう記されていた。

 

 NEO、と。


 

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