第11話 面接

 私の名前は一ノ瀬千夏。とある芸能事務所の”元” 社長だ。今日は最近よく私の家に顔を出す自称一角初華を名乗る少女に話があると言われ、自宅のキッチンにてその時用意するクッキーを作りながら災厄の日の出来事を思い返していた。



▼▽


 2年。一角初華という天才アイドルを失ってからそれだけの期間が流れた。

 あの日は酷く冷え込んでいた日で、珍しく雪が道路を埋め尽くしていたことを覚えている。自粛終了後の活動における会議を終え、初華の様子を見に東京まで車を走らせようとしていたその時、彼女の訃報ふほうが警察経由で私に伝わった。


 それから何日か経過した頃、死因を明確にするため多数の関係者から話を聞いた警察はこれを自殺として取りまとめ世間に公表した。

 内容はほぼでっちあげ。彼女が男関係でトラブルを抱えていたのだとか、事務所の上下関係で苦しんでいたのだとか、挙げ句の果てには事務所の人間から枕営業を強いられていたなど根も葉もない偽情報が各メディアに取り上げられていた。


 そもそも初華が精神的に追い詰められていて身を投げ出したという話を私が信じるわけがなく。独自で目をつけた事務所の身辺調査を探偵に依頼したらすぐにボロが出た。


 あの日、初華が召集されたオフィスビルの名前はグランエンタテイメント社。私の実弟、冬月真守が取り締まる芸能界では随一のアイドル、モデル、俳優、アーティストなどジャンルに限定せずあらゆる天才的な才能を見つけては売り出す実力至上主義の事務所だ。

 そこには彼の妻である大御所女優の冬月ありさや、娘の冬月すみれも所属している。今や2人とも事務所の看板を背負うエース級の存在。


 芸能事務所総出で行われる会議も大体そのビルが使用されるため、何も起こらないと警戒を解いていた完全に私のミス。

 いや、実の弟である真守が私の宝物を奪う真似はしないと勝手に信頼を置いていたのかもしれない。無意識にアイツへ温情を期待した私の阿呆あほうが招いた結果だ。


 当然あらぬ嘘で事務所の評判を落とされた私は社長の任を下ろされ、クビという解雇通知を受けた。それからはもう我ながら酷い日々だった。実家に帰るや親に泣きつき、酒やタバコに明け暮れる日々。当初は彼女を守れなかった罪悪感から死んでしまおうかと思うほどに。


 けど、そんな決断をくだす前に彼女が現れた。到底その風貌ふうぼうからは想像のつかない幼い体に、似ても似つかない高い声。私の前に現れたのは赤いランドセルを背負い、自分を一角初華と自称する1人の小学生だったのだ。


 私も私だ。どうして今頃になって未だに芸能界の門を再びくぐろうとしているのか。話しているうちに彼女が本当に初華だと確信したから?それとも彼女に償いがしたいから?


 いや違う。私の目的はただ一つだった。死んだ母さんや父さんにも顔を見せず。かけがえのない私の大切な宝物を奪ったアイツを、冬月家全員を芸能界の玉座から引き下ろすことだ。


 さすればきっと、この子にとっても生きやすい世界に少しはなってくれると私は信じている。 


 なのに——————運命はとても皮肉で。


「初めまして一ノ瀬さん。僕の名前は冬月大樹。一応‥‥マネージャー志望です」


 残酷。



▼▽


 俺が連れてこられたのは、江戸時代に名のある武士が住んでいそうな和のテイストがエグい屋敷。生まれて初めて他人の家に池を発見し、そこに鯉が泳いでいる光景を見て少しだけ萎縮している自分がいた。

 だが玄関にて俺たちを出迎えてくれた人は、普通と言っては失礼だが和装や着物でもなく私服であったことに少しだけ安心感を覚えた。


 そして今現在。自己紹介を終えた俺は、一ノ瀬社長と改めて対面していた‥‥のだが。


「冬月大樹‥‥君?」

「あれー?前に言ったじゃん社長。紹介したい人がいるって」


 少しだけ様子が変だった。慌ただしいと言うか、落ち着かないと言うか。若干であるが息も乱していた。


「そう、ね。言っていたわ。けれど————」


 やはり、この人は俺のことが何やら気になっているらしい。さっきから頻繁ひんぱんに目が合うし、こちらを意識しないようにしている感じも何となく伝わる。

 やはりアポイントメントもなしにいきなり訪問したことがそもそも失礼だったのだろうか?などと様々な憶測おくそくが頭の中で飛び交う中、一ノ瀬社長は一つつばを飲み込んで話を切り出した。


「ごめんなさい。少しだけ驚いて‥‥でも大丈夫。話を続けましょう。確かマネージャー志望でしたっけ?」

 

 先ほどの間をなかったようにするためか強引に話を引き戻す。恐らく俺のことを配慮してくれてのことだろう。とても助かるな。


「はい。初華‥‥初華さんに誘われまして。でもやっぱり最初は事情を説明した方がいいでしょうか?」


 本題に入ろうとしたが、そもそも小学生に連れてこられたというこのヘンテコな状況に説明を入れる必要があると思った俺は一ノ瀬社長に提案した。

 

「大まかな話は彼女から聞いてるわ。初華が亡くなる前、一番関わりが深かったと。初めに確認しておきたいのけれど人の関係は?」

「関係、ですか?」


 そういえば深く考えたことはなかったな。いやそもそも初めがよくわからない感じで始まったからな。友達と呼んでいいのか‥‥?


「この人は私のバディだよ!社長!」

「‥‥パードゥン?」


 やはり予想を裏切る女子小学生。またもよくわからないことを言い始めた。


「バディ?相棒ってこと?」

「そう!マネージャーだとなんかお仕事の関係って感じするじゃん?でもバディだとなんていうか。死線を潜り抜けてきた絆の運命共同体見たいな!ね?かっこいいって思わない?」


 そう言って目をキラキラと輝かせながら俺を見つめる壊れた機関車初華。彼女のライブを見たことがないがために、本当にコイツがアイドルなのかたまに疑う時がある。

 俺はため息を一つ吐くと、”話を進めてください”の意を込めて手を挙げた。


「まぁ、貴方たちがそういう関係でないことが確認できてよかったわ」

「まさかありえません。俺はロリの趣向はないですから」


 プクーッ!プクーッ!と頬を膨らませる隣の子供は置いて、一ノ瀬社長は再び質問を重ねた。


「細かい内情は後にして。今はそれよりも重要で重大な話をしましょう?冬月大樹君」


 ここからが真剣な話です。と言わんばかりな態度でこちらの表情を伺う社長。まるで俺の心を見透かしてくるような瞳に少し警戒した。


「ご家族の話を聞かせてくれない?貴方自身のことも絡めながら話してくれると嬉しいかな」


 一件空気を緩ませるようなサービス問題。それは単なる面接であればなごみながら答えることのできる質問だ。

 だが、この人は俺のことを知らないはずなのに聞いて欲しくないNo. 1の質問を口にした。俺は事前にエントリーシートも、履歴書も提出していないというのに。


 そしてこの時この一瞬。俺は一ノ瀬社長に対する態度を改めた。全力の警戒心を纏って。


 

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