第13話 ハゲる

 かくして、俺たちのプロローグは終わり。各々おのおのの目的に向かって反撃開始を宣言してから4年。

 小学6年生だった初華は今では女子高生。新品の制服を着こなし、日々の学園生活に胸を躍らせていた。


「何度人生をやり直してもやっぱ女子高生って最高だよね。前世はアイドルが活動ばっかだったから毎日新鮮だよ〜」


 鏡の前で何回も胸元のリボンや髪型のセットを気にしては、鼻歌混じりにご機嫌な歌を口ずさむ。登校時間のことなど全く気にしていない様子だった。


「あ!やっぱポニテの方がウケいいかな?ロングだとありきたり?」

「なんでもいいから早くしろ。遅刻したらどうすんだよ」


 とかいう22歳になった俺も正式に今日から芸能事務所、NEOの社員。芸能界のマネジメントに関する勉強を専門学校でしながら、社長の下であらゆる知識や処世術を叩き込まれた。新調したこのスーツを着るのも今日が初めてだ。


「なんでもいいって‥‥ったく。おっさんは朝からストレスが溜まって大変でちゅね〜」

「は?まだ20だし。大人の魅力もわからないロリがほざくなよ‥‥てか第一ボタンもつけろ。胸見えてんぞ」

「うわっ。何担当アイドルの乳見て発情してるの?キモイんですけど」


 ぐちぐちと悪口を垂らしながら軽自動車の後部座席に乗ると、俺は車のエンジンを吹かしてハンドルを握った。

 

「ったく。なんで女の支度ってのはこうも時間がかかるんだ?かれこれ30分は洗面台にいたろ」

「女の子のお化粧の時間は長いの。今日はまだ短いほうだよ?」


 マジか‥‥そういえば妹も小学校の頃、髪型がどうのこうの言って鏡を占領せんりょうしてたな。年齢が経つにつれてそういう時間も増えていくものなのだろうか。


「ねぇ、もっとスピード出ないの?今日の朝みんなと教室でお菓子食べながら駄弁だべるって約束してるんだよねー」

「ふざけんな。これ以上スピード出したらポリ公に捕まるっての。これから学校じゃなくて警察署に目的地変更するってなら全力でアクセル踏んでやるけどどうしますお嬢様?」

「うっ‥‥あ、安全運転で。お願いします」


 前世のコイツがどんな人生を歩んでいたのか。話で聞いたことしかないため想像するに難しいが間違いなく今の人生の方が謳歌しているに違いない。

 この4年間、初華は自分のアイドル磨きに全てを捧げていた。歌唱力もダンスも今ではテレビに出ているアイドルとは相手にならないほどの成長速度を見せた。これもきっと才能なのだろう。

 

 まぁ性格が当初に比べて図々しいと言うか、我儘になった点は除いておこう。そして、そんなコイツの性格が大きく変わることに助長したきっかけは他にある。


 社長や俺、初華の他に仲間が増えたことだ。


「マネージャー。今日さ、お昼買い忘れたから途中でコンビニ寄ってくれない?もちろん奢りで」


 うちの芸能事務所はアイドル部門だけでなく、あらゆるジャンルを幅広く取り入れるハイブリッドな形態に変化した。たった今、隣の助席に座って自慢のギターを担いでいる初華と同じく女子高生の名前は宮沢希美。社長が見つけてきたギタリストで将来はバンドを組み、メジャーデビューに至るまでプロデュースしていくつもりだ。


「あ、私も!お菓子買うんだ!」

「なら、それも奢ってもらおっか」


 コイツに至っては大人を完全に舐めている。初華は今の両親たちの了承を得て事務所の寮に社長と一緒に生活しているのだが、宮沢はわざわざ事務所の前に来ては交通費を浮かすために俺の車を利用している。間違いなく他者から見れば女子高生の尻に引かれている都合のいい大人。それが今の俺のポジションだろう。


 そんなストレスを日々抱えて生きている俺に、当然その吐口が与えられるはずもなく。


「‥‥はぁぁぁぁぁあああああマジハゲる!!!」


 特大のため息を吐いて、どうにか己の理性を保たせている。

 社長はマネージャー業において大切なことを胆力と我慢だと話していたが、これは絶対違うと断言したい。


▼▽

 

 キーンコーンカーンコーン。


 懐かしい学校のチャイムが校門の前で待つ俺の耳に届く。普段ならこんな目立つ場所に駐車することは絶対ないのだが、今日は2人とも午前の早退扱い。芸能事務所に所属している現役学生はこうしてスケジュールによっては学校にいられる時間は少ない。

 まぁ彼女たちにとってはこれは夢を叶えるための代償であるため仕方がない。


「あ、不審者だ」

「校門の前で出待ちとか、普通に怖いんだけど」


 朝から送り迎えに走らせている俺に、こんな毒を吐かれる仕打ちがあるだろうか?

 そろそろ1発殴りたいところだが、俺が社長に首を飛ばされるのでそれはまたいつか何千倍にもして返してやるとしよう。うん、絶対。


「いいから早く乗れ。社長が待ってる」


 最低限の会話をこなすとぐちぐち言うガキ共を車に詰め込み、事務所に向けた車を走らせる。道中アイスを買うからコンビニに寄れだの、期間限定のパフェを食べたいからお茶しようだのプロ意識のかけらもないコイツらは事務所に着くまで永遠にさえずり続けた。

 

 —————


 ———


 —


「どうして貴方がゲッソリしているの?」


 事務所の玄関に入るなら出迎えてくれた社長。顔を青くし疲労を見せている俺を前にした第一声がそれだった。


「さぁなんででしょうね‥‥後ろの2人に聞いてください」


 嫌味も込めながら振り返ると、そこに初華と宮沢の悪ガキコンビはそこにはなかった。気づけば社長の視線が手前のソファに送られており、帰りの道中に寄ったコンビニのお菓子を広げてプチパーティーを開催していた2人の姿があった。


「まぁ、最初は苦労すると思うけど慣れなさい?芸能界なんてこれが可愛く思えるくらいの理不尽がゴロゴロ転がってる世界だから」


 肩に手を置き、檄を飛ばしてくれる唯一のオアシスである社長。期待してくれているのにこれ以上何かネガティブ発言をするわけにもいかず。一言だけ返事を返した。


「‥‥頑張ります」


 これは芸能界のマネージャーを務めてまだ一年も経過していない俺の自論だが。テレビや雑誌に出ているあの人の側にずっといられるなんて羨ましいと思うファンが日本には多いと思う。

 だが実際蓋を開けてみればテレビで見られるキャラはほぼ作りで、毎日担当の我儘や理不尽に振り回される毎日は思ったより身に応えるものだ。


 そう言えば。社長に紹介されたベテランマネージャーの人たち。みんなハげてたな‥‥


 自分の真っ暗な将来を案ずると、鞄から一枚の企画書を取り出して事務所の中へと踏み込んだ。


 



 

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