第4話 希望と絶望の、人生の岐路

 物心ついた時、そばにいたのは祖父と祖母、そして一個下の妹のすみれだった。母親と父親は遠くでお仕事をしているという理由で産まれてから一度も顔を合わせることなく俺は小学校に入学した。その頃はよく友達から、どうして参観日に来るのがママやパパでなくばあちゃんなのかよく聞かれたものだ。

 

 まぁでも2人の仕事はかなりの金が稼げるらしく、俺とすみれは不自由なく好きなことをさせてもらっていた。幼い頃からばあちゃんの手伝いをしていた俺は料理に興味を持ちシェフの道を志す。多分一生懸命作った皿がばあちゃんとじいちゃんに美味いと言って貰えたことがキッカケだったなと思う。

 妹は女の子みたいでダサいと言って侮辱していたが大して気にならなかったし、それに兄妹仲がそこまで良好ではなかったため”また何か言ってるわ”くらいにしか感じなかった。


 進学したら多くの一流シェフを輩出した国内有数のエリート専門学校にて沢山の仲間と切磋琢磨する未来に胸を躍らせたが、俺の人生は入学してまもなく挫折した。

 原因は大きく分けて2つ。1つは妹の失踪しっそうだ。失踪と言ってもすみれは両親たちが2人で暮らしているという東京のマンションに引っ越した。そしてタイミングを見計らったかのように両親からの仕送りが停止したのだ。ばあちゃんいわく、俺が16にもなったのだから自立しろとの内容が手紙として送られてきたらしい。


 獅子ししは可愛い我が子を千尋せんじんの谷に突き落とすという言葉があるがそれとは違う。妹が女優として売り出すことに成功し、自分の稼ぎだけで生きていけるようになった途端両親は俺を見放した。きっと今まで送られてきた膨大な金額の仕送りはすみれが芸能界で大成できるようそのための軍資金だったのだと思う。事実俺はその余った金でやりくりしろと言われているようなものだった。


 俺に対する情などあの人達にはない。


 けれど残った金でも生活するには充分に足りていて俺は退学することなく専門学校に通えていた。トドメを刺したのは2つ目の出来事。俺の祖母である一ノ瀬静香が持病の病で倒れたことにあった。ばあちゃんは手持ちの金を全て俺の夢のために使えと言ってくれたが、祖父が亡くなって最後の恩人である祖母を見捨て自分だけいい思いをしようとなど思うはずがない。なにしろ目の前で救えるかもしれないという命があるのに金がどうだのと悩む選択が俺にはなかった。


 家に残った有金ありがね全てを治療に使い果たし、授業費を払えなくなった俺は当然学校を退学。最寄りの公立高校にある特別特待生とくべつとくたいせい制度を利用して、俺は筑前高校に転校を決めた。


 そして話は現在いまに戻る。


▼▽


「‥‥ざっとになったが以上が今までの人生。聞いての通り彼女どころか友達と遊びにも行けない俺が彼女を作ったところですぐ関係が終わるのは目に見えてる。それは自分にとっても非効率だし、相手にとっても失礼だろ?だから俺は彼女を作る気はない。わかったか?」


 今まで溜め込んできた全てを初めて他人に吐き出した。当事者のばあちゃんとも、昔仲の良かった幼馴染とも連絡が取れない今。俺のストレスの吐口はけぐちなど誰1人としていない。というか連絡を取れたとしてもこんな話できたもんじゃない。

 けれど何故かコイツに限っては話してしまおうという気になった。自分にもよくわからない感情だ。


「壮絶な過去を経験してるんだね。おばあさんは元気なの?」

「いや、看護師さん曰くもう末期に近いらしい。一応覚悟しておけとは言われてる」

「てことはおばあさんが亡くなったら、君は1人?」

「そうだな。じいちゃんも俺が小学生の頃に亡くなったし、親も妹も今どこで何してるのかわからねぇ。正真正銘の孤独になるな」


 強がってはいるがぶっちゃけ吐きたくなるくらい辛い。今俺のモチベーションは間違いなくばあちゃんの快復。それも失ったとなれば俺がどうなるのかなど想像がつく。

 

「アイドルなんだろお前。きっとお前みたいな光はこの先他人の人生を明るくしていくんだろうな」


 できれば俺もそっち側の人間でありたかった。俺の料理を食った人間全員がほおゆるませて笑顔になる。

 誰かにとっての光に。


「‥‥‥‥アイドルが光、か」


 自嘲じちょう気味に笑う俺を目の前に、一角は苦笑いをするわけでもなくただ茫然としながらポツポツと何かを口にしていた。もしかしてショックを与えてしまっただろうか。そもそもまだ知り合って1週間の相手にこの話をするのはヘビーすぎたんだ。


「空気悪くしたな。忘れてくれ」


 そう言って俺が再び地面に目を伏せて通学路の道を歩こうとすると、肩にかかった手提げのトートバッグを不意につかまれた。


「一角?」

「なら見に行こうよ」


 突然の提案に驚いていると、彼女の表情には屋上で初めて会った時のような陽気な雰囲気を取り戻していた。


「行くってどこに?これから行くのは学校だろ?」

「違うよ。君が向かうべきなのはそこじゃない。君が行くべきなのはあっち」


 彼女が指刺した方向は住宅街を囲む高い高いへいだった。恐らくその塀を超えた向こうに何かがあるのだろう。一つだけ確かなのは間違いなく筑前高校から離れた場所に連れて行こうとしていることだった。


「このまま学校へ向かう通学路を真っ直ぐ進むか。私に従って通学路から脱線してこの先の角を曲がるか。君の人生だもん。君が決めていいよ」


 こんな簡単な質問の答えなんて決まっている。俺は少しでも安定した自分の将来を確立するために学校へ向かうことだ。

 なのに、コイツの言い方はしゃくに触る。まるでお前の人生はこのまま安定を求めて終わりでいいのかと、挑発ちょうはつしているように思えて仕方がなかった。


「その角を曲がれば何があるんだ?」

「内緒だよ?けど結構長いこと話しちゃったし、あの角を曲がれば今日の学校は欠席することになる」

「その角を曲がれば何かが変わるのか?」

「それも内緒。というかそれは私にもわからないかな。私は君じゃないし、君も私じゃない。何を得て何を失い、どんな変化が起こるのかなんて誰もわからない」


 無断欠席なんて俺の嫌う人種がやる真似事だ。成績だってきっと悪くなる。この1日の欠席が将来の指定校推薦の障害になるかもしれない。

 色々なリスクを考えたら、この誘いはるべきだ。


 “行かない”その返事を口にしようとした時、横に彼女の姿はもうなかった。居たのは学校への道と彼女の指す目的地へと通じる分かれ目の岐路きろに立っていた。


「光を見に行こうよ、大樹」

 

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