第3話 出待ち

「また、この夢か」


 真っ白に広がる空白の世界。どれだけ歩いても、見渡してもそこにあるのは何もない白の世界だ。流石に現実じゃあり得ないその光景に俺はこれを夢と自覚して夢を見ている。


「そろそろ来るだろ。なぁお前ら」


 途端に人の気配が俺の背中をくすぐった。誰なのかはわかってる。何度俺がこの夢に遭遇しても内容が全く変わらないからだ。

 俺の背中に向かって指を刺す4人の影。俺が赤子の時に去った母親と父親。鮮明にその姿を覚えている妹のすみれに幼馴染の怜。両親に関しては俺が覚えていないからか顔に黒い霧がかかってよく見えない。ただ薄ら笑いを浮かべているのだけはわかった。


「毎度毎度なにがしたいんだよ‥‥お前らはッ!!」

 

 そして苛立ちを込めて振り返ると消える。嘲笑うだけ嘲笑って、そいつらは俺に一瞥もなく姿をくらます。気分も悪くなるし、腹も立つ。


 こうして俺はたまに最悪な目覚めで朝をスタートする。


「あ〜〜〜〜何か食うか」


 冬月大樹の朝は早い。祖母の家に一人暮らししている俺は朝昼夕にかけて自炊を行わなければ飯にありつけない。朝は白米と味噌汁に納豆。昼は購買の焼きそばパン。そして夜はバイトのまかないかタイムセールの鶏胸肉が食卓に並ぶ。

 祖母は体調を崩して入院しているため、この家にはいない。基本的に俺は1人だが別に寂しくない。平気平気。


 洗濯に食器洗い、衣服決めなどあらかた朝することを終えると早々と俺は学校に登校する。目的は勿論、学校で勉強するためだ。調理師という夢を失った今、少しでも高月収好待遇の会社に入社したい。

 最適で静かな環境。それは学校の図書館に他ない。朝ならばうるさいDQN共もいないしな。


 だが最近、そんな俺のルーティンが崩れつつある。


「やっほ、今日も早いね〜だいきくん」

「なんでまた居んだよ。てかだいきじゃねぇし、ともきだ。読み間違えてんぞコラ」

「あはは。ナイスツッコミ〜大樹君バラエティ向いてるんじゃない?知らないけど!」

「そこは最後まで保障しろよ。やっぱイマイチ掴めないなお前」


 そう。屋上で共に昼飯を食べたあの日以来、この女、いや失礼か。一角初華はいつもこの時間にコンビニで何かしらの菓子を食べながら俺を待つようになった。最初は俺の自意識過剰かと思ったが、連続1週間続いた今日を考えればそれは間違いでないと確信した。


「今日は何食ってんだ?」

「ノビノビールグミ」

「‥‥うまい?」

「うーん。面白い」


 いや面白いかどうかは聞いてねぇよ!!味聞いてんだよ!!味!!やっぱわかんねぇなコイツ。


「ねぇねぇ今日は何する!?やっぱさ勉強なんかやめて一緒に—————」

「悪いが遊ぶ気はねぇよ。今日も俺は勉強する」

「えぇ!?嘘でしょ?そろそろ来るでしょ?」

「何が?」

「超人気アイドル、一角初華が遊ぼって誘ってるのよ?それを今日で通算7回も断って‥‥ほんとは女の子だったり?」


 そんなわけねぇだろ‥‥と口にしようとしたが辞めた。これ以上コイツのツッコミに当たっていたら勉強する前に脳のエネルギーを消費してしまいそうだからだ。


「冗談はさておいて。もしかして女の子に興味ないとか?」 

「断じて違う。それに数ヶ月前までは普通に彼女いたしな」

「えぇっ!?」


 それは最近のアニメでも見ない両手をあげて驚くという見事なリアクションだった。もしかして俺が男にしか興味のない野郎だと思っていたのだろうか?それとも煽りか?

 ‥‥いやこれ前者だな。ノビノビールグミが伸び過ぎてコンクリートに垂れている。動揺してるからか知らないがもうそのグミ食ってやれよ。


「意外か?」

「ううんそんなこと。でもふぅーんって感じ。今は?」

「いない。というか作る気がない」

「彼女いない男って大抵それ使うけど本音は?」

「疑い深いな。マジで今はいらない。多分作ったとしても彼女を満足させてやれないと思うしな」

「ほぅほぅ。気を悪くしなければだけどその心を聞いてもよき?」


 見ると彼女は指でグミをつまんでは俺に差し出している。俺の家庭事情とノビノビールグミ。対価として釣り合っていない気がするが有りがたく貰っておこう。

 あと、何故だか知らないがコイツには話してもいいと自分でもよくわからない思考が働いた。


「よき‥‥少し長くなるけどいいか?」

「うんうん!学校まですぐ着くわけでもないしね!」

 

 満面の笑顔を見せられた直後、俺は自分の頭に残る数年前の記憶を頼りに、過去へとさかのぼった。



 

 

 

 


 


 


 

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