第5話 人生の役者たち
そしてたった今、その会場内は周囲の温度を上げるほどの熱気を放っていた。
「わざわざ遠いところからありがとね、怜」
場所は控え室。これからステージに上がる人間が自分のテンションとモチベーションを調整する部屋だ。
そしてそこに1人。3人のメイクアーティストに囲まられながら静かに本番を待つアイドルがいた。
「こちらこそメイク中にお邪魔してしごめんね梨沙。東京のお土産だけ渡したらすぐに行くから」
「いいよ全然。そこのソファ座って?メイクももうすぐ終わるらしいから。そうですよね?」
梨沙の
「けんけんぱの撮影はもうすぐクランクアップだね。視聴率もいいみたいだし次のドラマも早々に決まっちゃうんじゃない?」
けんけんぱとは私、斉藤怜が主演を務める連続朝ドラマの話だ。今日のドームライブを務める2人組アイドル、サマースイレンの1人の佐々木梨沙も出演している。
ただそれとは別に彼女とは芸能界に入った当初から仲が良く、たまに仕事を抜きにして遊びに行く仲だ。
「そんな都合よくいいお話は回ってこないわよ。それに今は朝ドラ主演を完走した達成感に
「ふふ、いいんだ!私はどんなに忙しくてもファンのみんなの前で歌って踊れるのが生き
「‥‥そっか」
同年代で梨沙のように芸能界で笑ってお仕事をする人は
それでも女優はそれぞれに役の適正があるからオファーの形で仕事は降ってくる。枠が決まっている厳しい椅子取りゲームの中、
「せっかく地元に帰ってきたんだし家族に顔を出したら?怜の友人だって会いたがってると思うわよ」
家か、そういえば何年も行ってないな。家族に会うにしてもあっちからみんな東京に来てくれるしそもそも行く理由がなかったから。
「うん、そーだね」
透き通った青い髪、クリッとした大きい目、そして整ったプロポーション。
「きっとアイツが貴方を見たら
「ん?なんて?」
「え!?うそごめん!!なんでもない!」
今、口にしてた?ずっと会ってないからか気を抜くとついアイツの顔を思い出してしまう。覚悟を決めて離れようと決意したのは何年も前なのに。
揺らいでんのかな‥‥あんな
「地元はいいよ?なんていうか空気がいいの。落ち着くっていうか。やっぱここが自分の故郷なんだなーって心の底から実感して安心するの。まぁ私の場合地元から一緒にいる美弥とアイドルしてるせいかホームシックにはならなかったんだけどね」
「あ、そっか。その子も貴方と同じ中学だったんだっけ?」
宮野美沙。サマースイレンのメンバーの1人で梨沙の幼馴染。あまり話したことがないから印象は薄いけど、自由気ままなマイペース。猫みたいな子だと思った記憶がある。
「そうそう。てかそれでいうとさ、怜には幼馴染とか居ないの?」
「—————ッ」
親友からのただの質問。だけど私にとってはこれほど鋭利な言葉はなかった。
トクトクと心臓が早く高鳴るのを覚えると小さく息を吐いて心情を落ち着かせる。
「1人だけ居たわ‥‥今は何をしているのかわからないけど」
「へーそうなんだ。どんな人なの?」
昔の話なんてずっとしていない。するほど関係を深めた相手が芸能界にいないからだ。けれど梨沙は別。本当に興味があって私の過去を知ろうとしている。知らないと言って冷たく突き放すのは簡単だけど、悪気がなく聞いている彼女にそんなことできなかった。
「何をやっても他人を凌駕する才能。完璧超人。演技のセンスを兼ね備えた素質の塊。きっとああいう天才が他人を束ねてリーダーになるのだと思っていた。一緒に芸能界の道に進むのだと思ってた。なのにアイツはあんなおままごとを‥‥ッ」
「怜?」
ギチギチと自身の爪を噛み始める怜に対して異変を覚えた梨沙は、そっと彼女の肩に手を置くようにして正気を
「大丈夫?汗がひどい。嫌なこと思い出させちゃったかな、ごめんね?そんな気は本当になかったの」
「こっちこそ‥‥ごめん。勝手に熱くなって」
それから数分が経っただろうか。私は梨沙にアイスコーヒーをもらって体に残った熱を少しずつ冷ましていった。
まもなくして舞台関係者のスタッフが控え室の扉をノックし、立ち位置の確認を行うとの指示が入った。
「それじゃあ行ってくるね怜。私が用意した特別席で親友の
「うん。頑張ってね、梨沙」
廊下の曲がり角を曲がるまで彼女はこちらを振り向きながら手を振っていた。あんな笑顔を見せて、気遣いもできる。なんだか同じ女性として敗北している気がした。
なんせこっちは十数年の片思いが忘れられず、親友を前に感情を
「女優、失格かな」
そうして親友の梨沙を見送った後、斉藤怜はライブ会場に向かって歩き出した。
▼▽
「とうちゃーーく!!ここが柏ソニックドーム!!君が求める光がたっくさん集まる場所だよ、大樹!」
「‥‥ドーム?え、野球見るの?」
かくして、嵐の予感を
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