第12話 貴族の戦い
「では、コール」
「……ツーペアですわ」
「こちらは、ストレート」
大勢の貴族たちがひしめくフロアに、カードを切る音が鳴り響く。
大量のチップが行き交う、ここはもう一つの貴族の社交場。
様々なものを賭けて、カードで勝負する。
今の貴族がこの世界で生きていくに欠かせない、全ての要素がここに詰まっている。
豊富な資金力。駆け引きのセンス。そして、強い運。
自らがそれを備えていることを周囲に示すため、貴族たちはここに集い、己が器量を試すのです。
もっとも、私に言わせればとても貴重な資金集めの場所──いわば
毎月、この会が開催されるのが待ち遠しくてたまらないほど。
私が勝負の席に着くと、
「見ろ、ゾフィア=ルシフェレスだ……!」
「魔眼の魔女……!」
「今日は、いったいどれほど稼いでいくのかしら」
周囲の貴族たちがにわかに騒めく。
皆さんのご想像通り、剣術のみならず、カードにおいても無敗を誇る私。
そんな私の噂は貴族の間に広く広まり、今では勝負を挑んでくる者は極わずか。
でも、私が勝負に空いたことは一度もありません。なぜなら……
「今日は、サルベール領の鉄鉱石の独占権を賭けさせていただきますわ」
破格ともいえる私のBETに、周囲からにわかに歓声が沸く。
これだけのものを賭ければ、欲に溺れて勝負を挑んでくる者もあらわれる。
まして、無敗の私に土を付けたとあっては、その名声も轟くというもの。そんな狙いもあり、挑戦者は後を絶ちませんの。
「では、私と一戦交えていただけますか」
「もちろんですわ。喜んでお相手させていただきます」
今日のお相手(生贄)は、ランドール子爵ですか。
さて一体、あなたはどんな絶望の表情で私を楽しませてくれるのかしら?
「レイズですわ」
「……また、ですか……」
強気な私のBETに、次第に子爵の顔色が悪くなる。
「どうされました?顔色が優れませんことよ。そんなに手札に自信がないのであれば、降りてしまっても構いませんのよ?」
「ははは、ここまでチップを積んで、今更降りるなど……」
乾いた笑みを浮かべる子爵。
うん、だんだんいい表情に仕上がってまいりましたわね。
カードゲームに最も重要なのは「いかに相手の嫌がることをするか」に尽きます。
そして、私の魔眼はそれを可能にしてくれる。
目の前の子爵からは「これ以上レイズしてくれるな!」という叫びが漏れ出てきていた。
それを的確に実行してあげることこそ、私の無情の喜び。
「では、もう一つ……レイズ」
「……もう、これ以上は……!」
観念した子爵が
意外に早かったですわね。もうすこし、あなたの苦しむお姿を見たかったのですが。
「さて、本日はこれくらいに──」
「ゾフィア様、それでは私とお手合わせ願えませんこと?」
そう言って私の前に腰かけたのは、意外な人物だった。
「……フランソワーズ様。このような場所にお見えになるなんて」
「私も、たまには
周囲に聞こえるように堂々とそんなことを言う。
全く、良い性格してますわ。
「では、何を賭けましょう?」
「ゾフィア様。わたくし、錆臭い鉄鉱石には微塵も興味はありませんの。他のものにしていただけないかしら?」
「……なにをご所望で」
「そうですわね……。そうだ、あなたのフィアンセ。ヴォイド様、なんていうのはいかがでしょう」
さも、今思いついたような表情で平然と言ってのけますが、初めから視線が私の背後に立つヴォイドに釘付けのまま。
本当に、自分の欲望に素直な方ですわ。
「以前のパーティでのお約束の続きです。是非、我が家にご招待させてください」
なんて言うが、彼女の家に
私は、背後をチラリと向き直る。
「別に、オレは構わん。好きにしろ」
「別に、私も心配してませんわよ。あんな女ごときに、貴方をどうこうできるとは思いませんし」
「お前も、負けるつもりもない。そうだろう?」
段々と私のことが分かってきたようではありませんか。
いつもの無表情の中に、ほんの少しだけ不敵な笑みが混じっているような、そんな気がした。
「よろしいですわ。それでは一局、お手合わせ願います」
「レイズ」
「……レイズ、ですわ」
勝負の展開は、先ほどとまったく同じ流れをたどっていた。
繰り返されるレイズに、どこまでも吊り上がっていく掛け金。
唯一違うのは、攻められているのは私の方、だということ。
この女。本当に良い性格をしている……!
「どうされました?顔色が優れませんが」
可憐な瞳をうっすらと細め、先ほどの私と同じセリフを吐く。
自分の有利を信じて疑わない。そんな傲慢な笑みだ。
だけど、それはある意味正しい。
掛け金の上限がない青天井のルールでは、実は必勝法が存在する。
それは、無限の資金力を持つことだ。
掛け金を上げ続ければ、相手はそれに見合う金額を用意しなくてはいけない。
もちろん、勝負が終わればその掛け金は返却される。
だから、この場において掛け金を引き上げ続ける行為は、いわばご法度──外法、禁じ手とされている。
先程の子爵との勝負の時も、私のレイズ金額は常識の範疇。今回のそれは、明らかに常軌を逸している。
しかし、この女にはそんなもの通用しない。
それほどまでに、彼女の家、ウェールズ公爵の権力は強いのだ。
「どうされますか?フォールドされます?」
「……」
なんという屈辱。こんな単純な力押しを、私が予見できなかったことに腹が立つ。
「おい、女。無理をする必要はないぞ。別に俺は──」
「あなたが構わなくても、
「……」
私の剣幕に、珍しくヴォイドが気圧された。
まったく、どうしてこんな男のことでここまで追いつめられなければなりませんの──!
怒りのあまりに意識が飛びそうですわ。
私が次の一手を模索していると、ヴォイドが私の肩をグイっと引き寄せる。
「何をなさるの!勝負はまだ終わっては──」
「黙れ、女。何かが……来る……!」
ヴォイドが緊張した表情を浮かべていた。
それだけで、私もただならぬことが起ころうとしてるのを察する。
「何かって、何なんですの?」
「……敵だ」
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