第11話 奉剣の儀


 あれから、またしばらく時が経った。

 私の教育の甲斐あってか、基本的な人間として生活を送れるようにはなってきたが、彼の無頓着ぶりは相変わらず。


 そして、依然として私は彼の弱点を見出せずにいた。

 

 だけど、そんな中でも少しずつ分かってきたことがある。

 ヴォイドの強さの秘密。それは、あらゆるものに対して執着がない、ということだった。

 何かに対するこだわり、それは翻ってそのものの弱点となりうる。


 先日のスラン家の長女、ユヅハもそうだ。

 弟に対する強い執着が、彼女をあの凶行に走らせたに違いない。そして、その執着は文字通り致命傷となって自分に降りかかってきた。

 

 でも、ヴォイドにはその執着が一切ない。

 自分の命にすら、である。

 かつて、彼の父ランスロット卿は彼を”恐れを知らぬ究極の騎士”と称したが、まさにその通りだった。


 なぜそこまでする必要があったのか、私には分からない。

 でも、彼を攻略し、恐怖に染まったその表情を見るために私がしなければならないこと。


 それは、彼に”好き”を与えることだ。


「と、いうわけでヴォイド様。今日は王都の美術館に参りましたわ。三国随一といわれる美術品の数々をご堪能ください!」

「別に、どうでもいいが……、お前が言うなら付き合ってやる」


 最近の私の戦略は、彼の興味を引きそうなものに片っ端から触れさせる、というものだった。

 彼の琴線に触れるものが見つかれば、それが攻略の糸口になる。


 そう思って、王立美術館に連れてきたのだけど──


「いかがです?名画、”ヴィラン湖の朝焼け”。彼の巨匠、ベルボルグが生涯をかけて書き上げた至高の一枚ですわ」

「……全体的に、青いな」


「こちらはどうでしょう。わが国最古の彫刻、”幸福の王子”。薄幸の美少年と言われた28代ラージェス王子のお姿です」

「……石だな」


「なんのまだまだ!未だ解読が進まぬ謎の古文書、”暁の魔王”。古に存在した”魔王”が書き記しるしたと言われる伝説の書籍ですわよ」

「……読めないな、この文字」


「……こちら、ただの花瓶ですわ」

「……花瓶だな」




 ……もう、ダメ。

 誰か、なんとかして。この男、どうしようもないですわ……。


 説明に疲れ果てた私は、中庭でぐったりと突っ伏していた。


 本当に、この男に何かを好きにさせることができるのでしょうか?

 ひょっとして、無駄な努力を延々と続けているだけで、この男を屈服させることなど叶わないのではないでしょうか?


 私が一人、悲嘆に暮れていると、


「おい、女。アレは何だ?」

「いい加減、私を女と呼ぶのは止めください。って、なんのことですの?」


「あの、石像だ」


 ヴォイドが指さしたのは、中庭の隅にひっそりと飾られていた古い石像。

 確かに、あれも相当古い作品だったはず。確か、名前は──


「あれは、”奉剣の儀”と呼ばれる作品ですわ」

「……何かの儀式なのか」


 石像は、鎧をまとった屈強な男が、王冠をかぶった男に跪き、己の剣を捧げる姿を彫ったものだった。


「遥か昔、魔王と争いを続けていた時代の習わしですわね。騎士と呼ばれる者たちは、自らの主君に誓いを立てるんですの。己が剣を差し出し、刃を自らの心臓に当てる。命をかけて、貴方を守るという宣言ですわ」

「……」


 彼にしては珍しく、何か食い入るような目でその石像を見据えていた。

 そんな姿が面白く思えたので、私も思わずこんな茶々を入れてみた。


「貴方には到底理解できない考えでしょうね。何かを守る、という発想は。誰か一人に執着する貴方など、私には想像できませんもの」

「……」


「でも、貴方も士爵家の跡取り。士爵といえばかつては騎士と呼ばれていましたのよ。本来なら、貴方も誰かを守る誓いを立て、”奉剣の儀”を迎えるはずだったのかもしれませんわね」

「オレが、誰かを……守る?」


 不思議そうにそう呟く姿が、何故か無性に可愛らしく思えたので、私はこう言葉を締めくくった。


「いつか見つかるとよいですわね。貴方にも、命を賭して守りたいと思える人が」


 そうすれば、それこそがあなたの弱点になる。

 そんな打算的な発想は、その時の私の脳裏には欠片も浮かんでいなかった。

 




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