第8話 男爵令嬢との邂逅
あの後、私達は公邸の片隅、庭園に退散した。後は、ここでパーティがお開きになるのを待つだけ。
残り僅かな時間を、私は先ほどの反省会に費やすことにした。
「ヴォイド様、ああいう時はせめて「お誘いありがとうございます」の一言も返すのが礼儀でしょう?」
「何も言うなといったのはお前だろう。別に、俺はどっちでも構わなかったがな……」
「どっちでもぉ?あの悪趣味女の毒牙にかかるのが構わないってことですか?」
「あんな非力で愚鈍な女にオレがやられるわけないだろ。妙な妄言はよせ」
ああ、もう!イチイチコミュニケーションが滞りますわね!妄言なんて言葉、つい最近覚えたばかりの癖に!
「少しは私の立場を考えてくださいっ!」
「お前の立場って何だ?難しいことを言うなっ!」
などと口喧嘩をしていると、誰かが会場からやってきた。私達と同じ、男女のカップルみたいだ。
「ようやく見つけましたわ。ゾフィア=ルシフェレス……っ!」
巨大なフリルのついた扇子を優雅に扇ぎ、棘のある口調で私にそんな台詞を吐いてきたのは──
「あら?どちらさまでしたか?」
「無礼な!スラン男爵の長女、ユヅハよ!」
「スラン男爵の……。なるほど、これは失礼いたしました。ですが、私があなたにお会いするのはこれが初めてのはず。初対面の相手に先ほどのように不躾な物言い、それこそ無礼というものでは?」
「無礼者相手に礼儀など必要ないわ。見ていたわよ、先ほどのあなた達の様子。主賓でもあり、ウェールズ公爵のご息女であるフランソワーズ様に、身分の低い者があのような失礼な発言。許せるものか」
「お言葉を返すようですが、私の父は辺境とはいえ伯爵。男爵である貴女様のお父上との位の差は、ご存知ですわよね?」
突き刺すような視線を浴びせてやるが、それでも男爵の娘、ユヅハの意気地は挫けなかった。
そんな彼女を制するように、痩身の男性が背後から出てくる。顔が良く似ている。きっと姉弟だろう。
「姉上、それくらいにしてはどうです。見てください。ゾフィア様の美しいお顔が恐怖でひきつっています」
何を見ているのかしら、この男。他人の恐怖を糧とすると言われるこの私が、こんな小物相手に怯えるわけがないじゃない。
「カイル=スランと申します。ゾフィア様、僕はしっかりと見ていましたよ。フランソワーズ様に無礼を働いたのはあなたではありません。そちらの木偶の棒ですね」
ビシイッと、鋭い視線 (のつもりなのだろう)をヴォイドに向ける。
「フランソワーズ様のお誘いをむげにした挙句に、ゾフィア様の婚約者だと!?なんと羨ましい──いや、分不相応な!」
どうやらこの姉弟、同じく辺境の出身らしく、私のことを良く知らないらしい。
私の恐ろしさを知らず、この美しい顔立ちだけしか目に入らなかったに違いない。
可愛そうな気もするが、降りかかる火の粉は徹底的に踏みつぶす主義なのだ、私は。
「そこの男!ゾフィア様をかけて僕と勝負しろ!」
腰に下げた剣を抜き放ち、ヴォイドに突きつける。
なんという無作法。そして命知らずな……。公爵邸で抜刀するなど、重罪ですわよ?
こんな隅っこでは人の目に入らないとはいえ、剣を打ち合う音でも鳴り響けばすぐに警備が飛んでくる。
そのことを知ってか知らずか、ヴォイドはいつものように虚無の瞳でこちらを向き
「別に、倒してしまっても構わんのだろう?」
「……怪我の無きよう、穏便に。ましてや、殺すなどまかりなりませんわ」
意外に思われるかもしれないが、私は殺生を好まない。
だって、死人は恐怖を感じませんもの。
ちなみに、ヴォイド。その台詞は、負けフラグの立った方がいうものでしてよ?
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