第7話 貴族の社交場


「ここが、その女の生まれた日を祝う場所なのか」

「その、女というのは止めてください。この国で一二を争う名家、ウェールズ公爵の一人娘フランソワーズ様ですわ」


 会場を訪れた私は、早速隣に立つヴォイドに小声で釘を刺しなおす。


「いいですか。今日は余計なことは一切口にしないでいただきます。私が促した時だけ、最低限喋るようにしてくださいね」

「別に構わんが。それじゃ、オレはお前の隣に立っていればいいんだな」


 こういうところは勘が良くて助かりますわ。

 とにかく、今日のイベントを何事もなくやり過ごすためには、やるべきことをさっさと終わらせるに限る。


 つまり、主賓へのご挨拶。

 私たちは、フロアの中心にできた人だかりの中に果敢に切り込んでいくのだった。


「フランソワーズ様、お誕生日おめでとうございます」

「まあ、ルシフェレス様ではありませんか。本日は遠いところをお越しいただき、ありがとうございます」


「いえ、フランソワーズ様のためとあれば国の何処からでも参上いたしますわ」

「あらまあ。今や飛ぶ鳥を落とす勢いのルシフェレス家のご息女にそのような言葉をかけていただけるとは、光栄の極みです」


 羽毛のように軽い、うわべだけの挨拶を交わす。

 それにしても、このお方も大概性格が悪い。初手で、私が辺境の田舎者であることをやんわりと笑い、続く言葉でぽっと出の成り上がりものであることを揶揄して見せた。

 古いだけで大した実力もないウェールズ家にとって、私の家はさぞ憎らしく映っているのだろう。


 魔眼の力を使うまでもない。愛らしい笑顔の裏に、どす黒いオーラが透けて見えるようだった。


 目を凝らせば、この女が嫌がるものがいくらでも見えてくるが、それをこんなところで披露するのはさすがにまずい。

 交渉のカードは、ここぞという時に切らなければ意味がないのだ。


「あら、そちらのお方は?」


 まるで今気づいたかのような口ぶりでヴォイドに声をかける。

 全く、見え透いているにもほどがある。こちらが近づくはるか前に、フランソワーズの視線は彼に釘付けだったのに。


 私の二つ名ほどではないが、彼女の裏の顔は貴族社会でも名が知られていた。

 男喰いのフランソワーズ。顔の良い男を見かければ、見境なしに自分のモノにしてしまうというのだ。

 彼女に目を付けられ、無残にも破局に追い込まれたカップルは数え切れない。しかも、一度彼女の手に落ちた男たちの末路は、それはもう悲惨なものだとか。


「はじめてお目にかかりますわね。フランソワーズ=ウェールズでございます。なんとお美しいお顔立ち。あなたのようなお方がこの国にいらっしゃったなんて。今日は何と素晴らしい日なのでしょう」


 彼女の眼が欲望に怪しく揺れる。

 実のところ、身なりを整えたヴォイドの見た目は、まるで貴公子そのものといった整った顔立ちをしていたのだ。

 長身で引き締まった身体も相まって、こうしてきちんとした服を着せて黙って立たせていれば、怖気を振るうほどの美男子に見える。

 会場に入ってからというもの、すれ違う女性がことごとく目を奪われたようにぼうっとっ立ち尽くすほど。


「ご紹介が遅れまして申し訳ありません。彼は、私の婚約者ですの。さあ、ご挨拶を」

「……ヴォイド……ランスロットだ」


 「だ」じゃなくて、「です」でしょうが!

 思わず突っ込みそうになるのをぐっとこらえ、にこやかにフランソワーズに視線を戻す。

 彼女は呆気にとられたような表情で、こちらを見ていた。


「こん……やくしゃ……?あの、”魔眼の魔女”──じゃなくって、あのルシフェレス家のゾフィア様が?それに、ランスロット家?聞きなれない家名ですわね」

「まあ、私も色々とありまして……」


 我ながらどうしようもない言い訳である。

 だって、「剣で負けたのが悔しくて、不幸のどん底に叩き落とすために婚約した」なんて、口が裂けても言えませんもの。

 そうこうしているうちに、フランソワーズは気を取り直したようだ。1万回繰り返しても全く変化しないような完璧な微笑みを浮かべ、ヴォイドに向き直る。


「ヴォイド様。こうしてお会いできたのも何かの縁です。今度、我が家にご招待させていただけませんか?」


 なんて図々しい女なの?

 婚約者って紹介したばかりの相手を目の前でナンパする?普通。


 しかし、彼女の美しい容姿から繰り出される完璧な笑顔に、これまで多くの男性が虜になっていった。

 花が咲いた、と呼ぶにふさわしい、艶やかで魅力的な笑顔。


「……」


 しかし、当のヴォイド本人は、そんな彼女の誘惑を全く意に介さない。

 ぬぼーっとした表情で、完全に彼女の誘いを無視している。


「……あの、ヴォイド様?」

「……」


「ヴォイド……様?」

「……」


 あ、額に青筋が立ってる。

 彼女をここまで無視できる男なんて、確かに今までいなかったに違いない。

 でも、断言できるけど、フランソワーズ様。この男だけは止めといたがいいわ……。


「あら嫌だ、彼ったら緊張のあまり声が出なくなったみたいですわ。フランソワーズ様にご挨拶したい方は他にも大勢いらっしゃいましょうから、私達はこれで──」


 無理やり彼の腕をひっつかみ、そそくさとその場を後にする。

 と、とりあえず。今日の目的はどうにか達成できたわ……。


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