第6話 せめて人間らしく
そんな魂胆で我が家に招き入れたわけだけど、
このヴォイド=ランスロットという男は、何から何まで無茶苦茶な相手だった。
「あらあら、洗髪してみれば実は見事なブロンドでいらしたのですね!お肌もなんと美しい……!」
「最後に水浴びしたのはいつだったか?まあ、どうでもいいか」
「さあ、ヴォイド様。こちらが都でも有名な最高級のお召し物ですよ」
「服?鎧のことじゃないのか?なんだこれ、窮屈で動きづらいな。まあ、別に構わんが……」
「まあ良くお似合いですわ!次は、髪をセットいたしましょう。一流のヘアメイクを呼んでありますの」
「髪がなんだかべとつくな。それに、妙な匂いもする。まあ、別に構わんが……」
「お腹が空いてらっしゃいますか?我が領土の誇る一流のシェフが最高の料理を用意いたしましたわ」
「食事ならその辺の草と動物を捕まえればいいだろう?なんだこれ、脂っこいうえに味が濃いな。まあ、喰えれば何でもいいが」
「教養も大事でしてよ?私自らがお教えして差し上げますわ」
「俺は文字が読めん。まずはそこから頼む」
「最高級のベッドの寝心地はいかがです?希少なモリガチョウの羽毛をふんだんに使った一級品ですのよ?」
「今までは床で寝ていたからな。沼みたいにブヨブヨする布団だな。まあ、別にどうでもいいが」
「貴族の嗜みとして、狩りも欠かせませんわ。大自然の中で、優雅に獲物を追いかけますのよ」
「この辺の生き物ならすべて根絶やしにしたが、それでいいのか?」
「……っだああああああああ!いったい何なんですの、あの男はあああああ!」
自室に戻り、たまらず絶叫する。
「貴族どころか、人間としての基礎が全くなってないじゃないの!よくこの時代に生き残ってこれましたわね!」
私自ら最高のもてなしをしているというのに、あの男ときたら!
国中の富が集うと言われる、このルシフェレス家が選りすぐった高級品の数々を見ても
「へえ」だとか!「別にどうでもいい」だとか!!「すごいのか?それ」だとか!!!無礼とかそういうレベルじゃありませんことよ!
本当にあらゆるものに無頓着。一切の執着がない。
価値観、という概念すらないのだ。
好きや嫌い。楽しいや怖い。嬉しい、悲しい。そんな、人間らしい感情がすべて欠落していた。
この手の武人にありがちな、強いか弱いか、という基準ですらどうでもいいみたい。
あるのは、「敵か、敵じゃないか」という識別だけ。驚いたことに、彼には「味方」という概念すら持ち合わせていなかった。
そして、行動理念は「敵を、どう倒すか」という一点のみ。
ひょっとして、自我という感覚すらないのかもしれない……。
そのくせ物覚えがいいものだから余計に腹が立つ。
「それはもう習った」だとか!「同じことは二度言わなくていい」だとか!!「それくらい、考えたらわかるだろ」だとか!!!
ああ!もう!どうしてこの私がこんなにイライラしなければいけないの!?
見てなさいよ。今にあなたの弱点を見つけて見せるわ。いいえ、たとえ弱点がなかったとしても、必ず弱点を作って見せるんだから……!
すると、ドアをノックする音が聞こえた。
「お嬢様、よろしいでしょうか?」
「──入りなさい」
今の絶叫、まさか聞かれてないでしょうね。
冷や冷やしながら執事を部屋に入れる。
「お嬢様、明日の件ですが、お召し物は何になさいますでしょうか?」
「明日……?何のこと?」
「明日はウェールズ公爵のご息女の誕生記念パーティでございます。ヴォイド様とお二人で参加される旨、私にお申し付けなさったのをお忘れですか?」
し、しまったあああああああああ!
あの間抜けの教育につきっきりになっていたせいで、すっかり忘れていましたわ……。
返事を書いた時には、まさかこんなに手がかかる人だとは思っていなかったものだから……。
「わ、忘れてなどおりません。衣装は明日、私自ら選びます」
内心の動揺を悟られぬよう、さっさと執事を追い払う。
まずいですわ。前日になっていきなり欠席するような真似をすれば、どんな噂が立つことか。
「……はあ」
しばらく考え、私は一人ため息をつく。
仕方ありません。あの男には余計なことをせぬよう、釘をさしておくしかありませんわね。
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