第5話 破滅に向けた婚約
「ど、どういうことですの!ランスロット卿!アレではまるで野生児ではありませんか」
「まさにその通りです。アレには本当に剣以外教えておりませぬ。故に、一切の弱みを持たぬ、完璧な剣士として育ちましたわ」
なぜかドヤ顔でそう言い張るランスロット卿。
全く、親子そろってズレてるにもほどがありますわ。
「幸いケガも後遺症もないようで、よかったですな。アレの一撃を食らって無事とは、ゾフィア様も中々頑健でいらっしゃる」
淑女に対してその言葉、全く賛辞になっていませんことよ。
怒りの言葉をぐっと飲み込む。
「ゾフィア様。これであなた様の懸念も払しょくされたことでしょう。これで、心おきなく愚息を夫として迎え入れてくれますな」
「ぐ……」
そういえば、そんな約束をしていたのだった。
これはまずいですわね。あれだけ大勢の前で宣言してしまった以上、まさか前言を撤回するわけにもいかないし。
貴族社会は、基本的に名誉と信頼によって成り立っている。特に、交易で財を成している我がルシフェレス家は、特に。
大勢の前での約束を反故にしたとあっては、これ以降の交渉に傷がついてしまう。
それだけは何としても避けなくてはいけない。
私は、この国を陰から支配する女王となると決めたのだから。
それにしても、あのヴォイドという男には腹が立つ。この完全無欠の私の経歴に初めて土をつけたのだから。
正直言って、剣の腕だけ見ても勝てる気はしないが、何よりも恐ろしかったのはあの眼だ。
失うものを何一つ持たない、虚無の眼。
放たれた一条の矢のように、相手に突き刺さり、命を奪うことだけに生まれたような存在。
相手を倒しさえすれば、それ以外はどうなっても構わないという気概が全身からにじみ出ていた。
まったく……失うものがないということが、これほど恐ろしいことだとは──
そこまで考えた時、再び私の脳裏に素晴らしい名案が浮かぶ。
やれやれ、我ながら自分の頭脳が恐ろしいですわ。
内心の邪悪な笑みを一切零すことなく、天使のような微笑みでランスロット卿に向き直る。
「よろしいですわ。このゾフィア=ルシフェレス。一度申した約束は守ります。ですが、その前にお願いがあるのです」
「何でございましょう?」
「彼を、ヴォイド様を我が婚約者としてしばらくお預かりしたいのです。結婚は、その後で」
「なんと、てっきり私はすぐにでも婚姻を結ばれるのかと」
「私にも心の準備がございます。それに、ヴォイド様にも私に相応しい、立派な貴族としての立ち振る舞いを覚えていただきたいのです」
「アレに……貴族の振る舞いを、ですか……」
「そうです」
満面の笑みを浮かべ、私はそう提案した。
失うものがないのであれば、与えてやればいい。
この見習い期間を利用して、彼にたっぷりと貴族としてのぜいたくな暮らしを満喫させるのだ。
私の全力を上げて地位も、名誉も授けて見せる。
そして、たくさんの失うものを手に入れた暁には、そのすべてを奪い去り、どん底に叩き落としてあげるの。
ああ……楽しみだわ。
あの虚無に満ちた瞳が、眩い希望に光り輝き、そして、果てしなく深い絶望に沈んでいく様を見るのが……!
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