第9話 魔剣


「いい度胸だ。この魔剣ダインスレイブの威力を前にしても、そんな口が叩けるかな?」

 

 痩せこけた頬の上にギョロリと光る眼。

 でも、彼が抜き放った刀身は、そんなカイルよりも危うい輝きを纏っていた。


 ──魔剣


 最近よく耳にするようになった、どこで誰に打たれたのか分からない、不思議な能力を備えた剣のことだ。

 初めて実物を目の当たりにしたが、確かに普通の剣とは全く違う威圧感のようなものを感じる。


 だけど──


「くらええええええ!」


 魔剣を振り上げ、ヴォイドに斬りかかる。

 だけど、そんなへっぴり腰の斬撃では、どんな名刀でも大根すら斬ることは叶わないでしょう。


 事実、ヴォイドは造作もなく素手でその刀身を掴み取る。

 あらまあ、片手、二本指でこうも簡単にできるものですか。


 私が内心、感心していると、


「愚かな……!ボクの魔剣を素手で握るなど。この剣は、触れた者の生命力を吸い取るんだ!」


 その言葉に呼応するように、魔剣が一際目映く輝く。

 私の眼にははっきり映った。刀身を握った掌から、じわりと何かが剣に吸い取られていく様が。


「どうだ、恐ろしいだろう!このまま、じっくりと衰弱していくがいい!」


 カイルのいうことが本当なら、即座に死ぬようなものでは無いらしい。

 じわりじわりと相手をなぶるように追い詰めていく剣。……なんとも、私好みだわ。


 とはいうものの、黙って剣に触れ続けるお馬鹿さんはいない。

 ヴォイドの手にかかれば、握った剣をそのまま折り砕くことは造作もないはず。


 しかし、


「そんなに吸いたいんなら、好きにしろ」


 そういうとヴォイドは、両手で剣を鷲掴みにし、力いっぱい強く握った。

 それだけじゃない、彼の全身からただならぬ量のオーラが噴き出し、それらすべてが魔剣に吸い込まれていく。


 私には分かった。魔剣のキャパシティに対して、あれでは明らかに供給過多である。


 結果──


 ドロリ


「ボ、ボクの魔剣が、溶けた!?」


 きっと、ヴォイドの出力に耐え切れなかったのだろう。刀身が水飴のようにぐにゃりと溶ける。

 反作用はそれだけにとどまらず、カイル本人にも及んだ。衝撃が全身を伝わり、上半身の服がビリビリに破ける。


 頼みの綱の魔剣を失い、愕然と膝をつくカイル。

 あらいやだ、なかなかいい表情で絶望するじゃありませんの。


「カイル!しっかりなさい!スラン家の跡取りともあろうものが、こんなことで跪くなど……!」


 そう声をかけるユヅハ嬢。


「ヴォイドとか言ったわね。我が家に伝わる名剣を、よくもこのような無残な姿に!」

「別に、その男が俺の生命力を吸いたいというから吸わせてやっただけなんだが……」


「見苦しい言い訳はよしなさい!この責任は取ってもらうわ!」


 ものすごい剣幕でヴォイドに食って掛かるユヅハ。

 当の本人は、いつもと同じく完全な無表情でしばしユヅハを見下ろし、やがてその視線をこちらに向ける。


「別に、倒してしまっても構わんのだろう?」

「構いますわよ、どう考えても」


 不穏なことを言うヴォイドをやんわりと押しのけ、ユヅハの目の前に立つ。

 

「ユヅハ様。言いがかりはよしてください。ヴォイドが申し上げた通り、先に手を出したのはカイル様の方です。まして、丸腰の相手にいきなり剣で斬りかかるような真似。剣を失うくらいで済んでよかったと思われたらいかがです?」

「言いがかりですって!?そもそも、カイルがいきなり斬りかかった?そんな証拠がどこにあるのですか!?他に証人がいるとでも?」


「……」


 ユヅハの主張に、私は思わず沈黙する。

 証人は、確かにいない。こんな屋敷の隅っこでは、警備もいるはずもない。


 私の沈黙に、自分の優勢を察したのか、ますます調子を上げる。


「そうです。これは大変な事件ですわ。田舎者が勝手を知らず、我が家の宝剣を無理やり奪い、破壊してしまったのですから!急いで警備を呼び、裁きを受けさせなくては……!」


 あらまあ、妄言を通り越して、ここまでくると大した想像力だと感心してしまいます。


「何しろ、確たる証拠がここにあるのです。無残にも変わり果てた宝剣の姿が。これこそが、ルシフェレス家の暴挙の動かぬ証拠です!」


 いつの間にか、嫌疑がヴォイドだけでなく私にまで飛び火していますわね。

 ヴォイドの言葉を借りるわけじゃありませんが、別に私は構いませんわよ。降りかかる火の粉は、叩きつけ、踏みつける主義ですから。


「さあ、どうするのです!警備が来る前に、早く我らに詫びるというのなら、この場は収めても良いのよ?」

「ユヅハ様」


 自らの魔眼をツ──と細め、彼女の耳元に囁きかける。

 今まで沈黙していたのは、打つ手がなかったからではない。あまりにも状況が把握できていないユヅハに呆れ果てていたのだ


「本当に、良いのですか?」

「え?」


「良いのですか?警備の者をここに呼んでも……本当に?」


 ねっとりと弄るような私の口調に何かを感じたのか、ユヅハの動きが止まる。


「この場を大勢の者に見られて、困るのはあなたの方ではありませんか?」

「なにを訳の分からぬことを!」


 まあまあ、この様子だと、まだ気づいていない様子。

 親切な私。懇切丁寧に、今置かれている状況を説明して差し上げることにした。 


「弟君のお姿、良くご覧になられてはいかがです?何かおかしいところはありませんか?それとも、いつも見慣れているせいで違和感に気づかないのでしょうか?」

「──っ!?」


 いまさら気づいたのか、ユヅハの顔色がサッと青ざめる。

 ああ、いいですわ。その、自分が優位に立っていると誤解した者が、取り返しのつかない事態に陥っていることに気づいた時の、その表情!


 カイルの上半身には、大小さまざまな、無数の傷跡で埋め尽くされていた。


「いくら貴族とはいえ、したとあってはタダではすみませんわ。もう一度聞きます。良いのですか、このまま人を呼んでも?」

「ぐ……っ。これも、お前たちがやったのよ!」


 フッ。思わず憐みの笑みが漏れる。

 人間、追いつめられると冷静な判断ができなくなり、こんな面白い発言を零してくれることがある。それも、一興なのだけど。


「カイル様の傷、どう見ても一朝一夕でついたものではありません。こんな古傷を、今この場でつけられようがないではありませんか」

「……」


 ついに言い訳も出てこなくなったか。

 まったく、悪趣味な女ですわ。反吐が出る。


「いいですか。誰もが他人が苦しむ姿を見たいと願うもの。ただし、それを暴力で叶えようとするなど、下の下。歪んだ趣味と言わざるを得ませんわ、真の苦痛とは、肉体的なものでは無く、精神が屈服したときに初めて露わになるのです」

「いや、お前のその趣味も相当歪んでると思うが……」


 倒れたカイルを介抱しながら、ヴォイドが何かツッコミを入れているようだけど、気にしない。


「では、これ以上無意味な問答は止めにして、ここでお開きとしましょう。よろしいですね」


 私の言葉に、魂の抜けたような顔で、ユヅハは黙って頷くしかなかった。



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