第3話 婚約を賭けた決闘


 ……まあ、いいわ。

 幸いにもランスロット領と我が領土は国の正反対に位置する。

 彼らがここに再びやってくるまでの間に、丁重に今回の件をお断りする策を練ればいいだけ。

 せっかくだ。あの手この手を使って、あの家をさらに没落させてやるのもいいわね。


 たかだか辺境の弱小貴族。私が本気を出すまでもなく、門前払いして差し上げますわ。

 あの希望に満ちた目が、再び絶望に染まる瞬間を夢想し、私は一人ほくそ笑むのだった。




 ──翌朝




「ゾフィア様。愚息を連れてまいりました」

「早っ!?」


 策を練る間もなく、ランスロット卿は再び我が家にやってきた。

 いや、早馬で徹夜で駆けても一週間はかかる距離だったはずなんだけど……。


「いくらなんでも早すぎますっ。まさか、昨日からすでにご子息もここに連れてきていたのですか?」

「アレを一人で領外に置いておくなど、そんな危険な真似はしませぬよ。家に帰り、その場でたたき起こして連れてきたのです」


「……」


 晴れ晴れとした表情でそう言うランスロット卿。

 どうやら、彼の言うことは本当らしい。というのも、頑強な鋼鉄のブーツがメチャクチャすり減っているのが見えたからだ。

 ていうか、あの距離を走ってきたというの……!?信じられないわ……。


「では、さっそく婚礼の儀を──」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」


 まずいまずいマズイ。

 いくらなんでも早すぎる。策を練る時間がない。


 しかも、この人。さっきもまた自分の子供を危険物扱いするような発言しなかった?

 ひょっとして、取り扱いに困る厄介者を追い払えてせいせいしてる、なんてことじゃないでしょうね!?


 どのみち、そんな強さだけが取り柄の男なんて、我が家に置いておくわけには──


 と、そこまで考えたところで、不意に明案が脳裏に浮かぶ。

 起死回生、一発逆転の素晴らしいアイデアだ。


「ひとつ、よろしいですか。ランスロット卿」

「なんでしょう?」


「不躾ながら、私。一つだけ心配に思っていることがございますの」

「たったひとつだけ、でございますか。アレと結婚なさるというにしては随分と豪胆でありますな」


 イチイチ引っかかる物言いをしてくるけど、今はそれどころじゃない。

 か弱い乙女のような表情で、精一杯不安そうな令嬢を演じて見せる。


「”剣聖”と謳われるランスロット家。その最高傑作と言われるご子息の、強さについてでございます。もしも、もしもその方の強さが偽りであった場合、この”商談”は成立するのでしょうか」

「……」


 私の提案に、卿は絶句していた。

 まさか、武門の一族である自分たちの強さを疑われるとは思ってもいなかったのだろう。


「今回の件は我が家の者達も既に存じていますが、やはり同じような疑問を持つ者は大勢おります。そこでどうでしょう、ご子息の強さを知らしめるためにも、一度我が家で天覧試合を設けるというのは」

「それは……構いませぬが。いったい、どなたと勝負すれば?」


 イマイチ要領を得ないといった様子のランスロット卿。

 無理もないだろう。このご時世、武力を持つことの愚かさを説いて見せたのは、ほかならぬ私自身なのだから。

 その私の家に、そんな豪の者がいるはずがないと思っているのだろう。


 だけど、何にでも例外はある。

 このルシフェレス家で、いえ、この国で最強の剣士の存在を私は知っている。

 おそらく辺境のランスロット家にはその名が届いていないのだろうが、その強さは折り紙付きだ。なにしろ、今までの公式戦で一度も負けたことがないほど。


 その名を、私自身の口から告げる。


「その対戦相手は……私、ゾフィア=ルシフェレスですわ」


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