第12話 文書羅列

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「アファル! 馬車に轢かれるぞ!」

 遁走した傭兵が情けない声でアファルに呼び掛ける。しかしアファルは正門から立ち去るどころか、むしろ馬車と騎兵の一軍に向かって助走をつけて疾駆を始めた。敵か味方か、誰かが声を掛けたが何を言っているのか聞こえなかった。

「何だ、コイツ」

 先頭を駆ける二騎の騎兵達は拍子抜けしたような、あるいは呆然とした表情と言った方が正しかった。一人の歩兵が騎兵隊に真っ向から挑もうなど、正気の沙汰ではない。馬に蹴散らされるか、馬上からの剣に頭蓋を割られるか。誰もがアファルの命運をその二通りで予想していたに違いない。

「な・・・・・・」

 騎兵の剣がアファルを捕らえようとしたその時だった。地面を強く蹴ったアファルが中空で二騎の間に飛び込み、そこで刹那の間に剣を閃かせた。夜のしじまに轟く剣速の甲高い音。それに続く緑色の閃光が一回り大きな円弧を描いた。

卓越したアファルの剣技と魔術の合わせ技である『残光閃』――斬りつけた対象を空間から断絶するその魔法の前には、一枚の羊皮紙も、鋼鉄の鎧も、そして岩盤も等しく切り裂かれる。再び地面に着地したアファルの背後の馬に、奮戦していた騎兵達の姿はなかった。

「何だ、コイツ、化け物か!」

 単独で飛び出した歩兵が一振りで二騎の騎兵を倒したその武勇を目の当たりにして、さすがの騎兵達も馬の手綱を引いて勢いが止まった。そこへ四散していた傭兵達がタイミングよく蝟集する。馬車の周囲はたちまち乱戦と阿鼻叫喚が入り乱れる地獄と化した。

「姫様! お逃げ下さい!」

 胸を槍で貫かれた御者が最後の力を振り絞って馬を駆り立てる。全身を地に染めた馬達は狂ったように嘶くと再び馬車を前進させる。その後には馬車に飛び乗ろうとしていた傭兵達が滑稽な姿で振り落とされた。

「逃がすかよ」

 アファルは掌を馬車に向けた。弓矢、投げ槍を使わずとも、アファルにはその馬車の標的を仕留める秘策があった。

魔力に膨大な質量を付加して高速で射出する遠距離攻撃、『魔砲』をもってすれば、あの程度の馬車を木っ端微塵に吹き飛ばせるのだ。その仕組みを身近な兵器に喩えるならば、投石器が一番近いだろう。その速度は飛んでいる矢よりも数倍速く、馬車の速度を考慮した弾道計算の必要はない。故に、向けた標的を百発百中で倒す必殺技である。その威力は、この屋敷を囲むレンガ造りの壁で吹き飛ばした時に実証済みである。

「させるか!!」

 勇猛果敢な、それでも清澄な女性の声がアファルの耳に届いた。反射的に振り返ったアファルの眼開には既に白刃が迫っている。アファルは紙一重でその剣を受け流したが、フードの縁を少し切り裂かれた。

「やるな」

 数歩下がったアファルは軽く頬を撫でた。その指の先に赤い筋があった。それがアファルにとって、この戦いで受けた最初の手傷だった。



「アンタがやったのか?」

 アファルは目の前に立ちはだかる妙齢の女騎士に問うた。女性らしい、軽装の皮鎧で華奢な体格を守り、その手には銀糸のような細剣を携えている。戦いに備えて金色の長髪を後ろに束ね、碧眼に宿る闘志が屋敷の炎を受けてちらちらと揺れている。その背後を馬車が駆け抜けた。彼女はここで、馬車を死守するつもりなのだとアファルは痛感した。

「夜襲とは卑怯な」

清澄な声がアファル達を罵った。傍で聞いていた傭兵達が息巻いて彼女に牙をむいた。彼らにしてみれば、たかが一人の女剣士など襲れるに足らないと高をくくったのだろう。だがそれは、彼女が並みの騎士だったならば、という話であった。

「無礼者!」

 流星を描くかのような無駄のない剣捌きが同時に襲い掛かった三人の傭兵を次々と薙いだ。剣を振るう音を聞けばわかる。この女騎士は今日出会った敵の中で一番の遣い手に間違いないと。

「姫様には近づけさせません。命に代えても・・・・・・」

 女騎士は胴震いを隠すように声を押し殺しながらアファルを睨みつける。その一方で彼女は馬車が正門を突破するのを気にしていた。いつの間にか馬車の護衛は全滅していて、御者を失った馬車が暴走するのを面白がるようにして傭兵達が追い回している。その光景を目の当たりにした女騎士はアファルに背を向けて咄嗟に呪文を唱えた。

『爆炎障壁!!』

 馬車の後ろから突然、巨大な火柱が天を衝く勢いで逆巻いた。馬車を追いかけていた傭兵の数人が紅蓮の中に消えた。

「これで・・・・・・」

 溜息をついた女騎士は金髪のブロンドを翻してハッと振り返る。対峙していたアファルは一歩も動いていない。

「なぜ、私が魔法を詠唱していた隙を狙わなかったのですか?」

「そんなの、決まっている。不意打ちでも正面からでも、大差がないからだ」

 アファルは不敵に答えた。

「確かに、あの二人を馬上から斬り捨てる力量には感嘆しました」

 あの二人、とはアファルが先刻倒した先鋒の騎兵のことを言っているのだろう。彼女の文言から察するに、ある程度の力量の持ち主だったに違いない。

「それでも!!」

 言葉と同時に女騎士は一歩大きく踏み出てアファルに斬りかかる。対するアファルは片手持ちした剣でそれを受け止めた。

「私は敗けるわけにはいきません!」

「止めとけよ。力の差は明白だ」

「くっ・・・・・・」

 鍔で競り合う女騎士から香水が香ってくる。激しく拍動する彼女の鼓動が剣を通して伝わってくるくらいに、彼女は決死の覚悟でアファルと渡り合おうとした。

「強いな」

 次々と襲い掛かる白刃の数々をいなしながら、アファルは一言呟いた。

「だが・・・・・・」

 その女騎士の実力はアファルの足元にも及ばなかった。斬撃を跳ね返し、いち早く手首を翻したアファルの剣が女騎士の肩のあたりを斬りつける。アファルの剣が度重なる戦闘で鈍っていなければ、あるいは女騎士が皮鎧をまとっていなければ、その一撃で戦いは終焉を迎えていただろう。



「うぐっ・・・・・・」

 薄く肩口を斬られた女騎士は痛痒に呻吟し、額に汗を浮かべながら出血を抑えた。肩のあたりからミニスカートまで、清廉な白の直垂が赤く染まっていく。常人ならばこの傷で気を失うか、沽券も武器も捨てて命乞いをするものだ。しかし、女騎士の目から闘志の炎が消えることはなかった。味方の大半が全滅しても、アファルとの雲泥の実力差を痛感してもなお、彼女の心は屈服しなかった。

「まだやるのか?」

 アファルは呆れたように立ち向かってくる女騎士を見下ろした。捨て身の覚悟で剣を突き付けてきた女騎士を躱すと、その背後からがら空きになった背中を狙った。

「うわあぁ!!」

 悲愴な叫び声を上げた女騎士はうつ伏せに倒れる。向う脛をやられて、立ち上がることも出来ない彼女はうつ伏せになりながら草を握りしめた。

「ちっ、しつこいな。このまま止めを刺すか」

 アファルが剣を振りかざす。女騎士にはそれを受け止める余力も残っていない。

「・・・・・・守らなければ」

 荒い息遣いの合間から、喘ぐような声が漏れた。

「何だよ? あの馬車に乗っているのが誰だかは知らないが、そこまでして守るべき人間なのか? 所詮、貴族なんて俺達を矢としか思っていない。戦いのために消耗されるものだからな。この戦いだって、結局は権力闘争の氷山の一郭だろう?」

 アファル達が攻め入った屋敷はグランフォート皇家の避暑地として使われる別宅だった。ローレット伯爵は王都からの軍勢が駆け付けにくく、守りに不敵なこの屋敷に皇族が入ったのを見越して、秘密裏に編成した私設軍団を差し向けたのだ。

「姫様は、あのお方はこの国の繁栄になくてはならない方です。だから、姫様の命だけは・・・・・・このセシリア=フォーゼスが守らなければ」

「お前、自分の命を捨ててまで・・・・・・」

 アファルは同情の言葉を寸前の所で押し留めた。これまで騎士というのは主君の立場が危うくなれば簡単に見限る節操のない連中だという先入観があったからだ。正規の騎士を遥かに凌ぐ魔法と武芸を備えながら、アファルが一傭兵として戦い続けるのはそうした日和見主義を蛇蝎のごとく嫌っていたためでもある。

「大した忠誠心だが、さてどうしたものか」

戦場で弱者に情けをかけない――彼の主義をここで捻じ曲げるわけにはいかなかった。

「貴様らに降伏するならば、ここで私を殺せ」

 セシリアという女騎士は潔く言い放った。

「あんたが望むんだったら、いい加減楽にしてやるよ」

 アファルが掲げていた剣を振りかざす。女騎士は抵抗する様子もなく、固く目をつむった。剣を握るアファルの手先に確かな手応えが伝わった。


「安心して。ボクはキミをグロワ家に売ろうなんて考えていないよ。第一、ザンスター家だけはエルガルド政変の時に中立の立場で一貫してきたんだ。キミの一族を手に掛けたわけじゃない」

「だが、グロワ家とエルガルド家の戦力差は圧倒的だった。あの状況で中立の立場を取るのは、エルガルド家を見捨てたのも同然だ」

「戦果を無用に拡大させないためには仕方がなかったんだ。第一、エルガルド一族の生き残りであるキミを本当に始末するつもりならば、キミは既にここにはいないよ」

「それも自分に利する目的があってのことだろう?」

「なるほど、お見通しというわけか。キミを今日まで生かしたのはまさに、今日のためさ。それにしても意外だったよ。エルガルド政変を生き延びたキミが、まさか剣奴に身をやつしていたなんて。生き残った君が面憎いグロワ家にどんな復讐をするのかを愉しみにしていたんだ」

「これだから魔導士は・・・・・・要するに、今度はグロワ家を陥れてザンスター家が天下を取るために俺を利用しようって魂胆か」

「利用とは心外だ。これは一応キミの復讐に協力するわけだから、共闘という言葉が適切ではないのかな?」

「どうだっていい。俺は別に魔導士同士の勢力争いなんかに興味はない。エルガルド家を再興する気もないし、今は守るものがあるから、戦うだけだ」

「守るもの、か。さて、長話が過ぎたね。では契約の最終段階と行こう。少し廊下で待ってくれるかな?」

「廊下で?」

 ミエラは自分の身体を見下ろしながら厭らしく笑う。

「今は寝間着だから着替えなければならないのさ。それともキミは、女の子の着替えに興味があるのかい?」

「馬鹿言え。早くしろ」

 しばらく待つと、ツインテールに魔導士らしい法衣を着たミエラが現れた。ただ着替えは簡易的で、腰下のタイツは履かずに素足をむき出しにし、外套も羽織っていない。

 俺達は屋敷の地下へ階段を下っていた。鉄の扉を開くと、そこは蒼白い石で囲まれた円形の小部屋になっている。ろうそくの明かりだけが照らす室内に置かれるのは、何に使うのかわからない装飾器や瓶詰めの“何か”の数々だ。ミエラがここで何をしているかなど、考えたくもなかった。

「まだ何かあるのか?」

「魔導士の世界の契約は、書面に留まらなくてね。君には刻印が必要だ」

「おい、俺に焼き印を押すつもりか?」

「そんなことはしないよ。いいから腕を出して。キミは確か、左利きだったよね」

 言われるままに俺は左手を差し出す。そこにミエラの手が重なり、彼女がわずかに唇を動かすとわずかな圧迫感を覚えた。

「これで完了だ」

 手を退けた後の俺の腕には複雑な魔法陣が痣のように浮かび上がっていた。

「これは?」

「キミに契約の完全履行を強制させる使役魔法の一種さ。キミが敵を倒したいと考えている限りは、キミの意志に何ら影響を及ぼさない。プロであるキミにこんな術式はお節介かもしれないけど、一応念のためにね」

「ああ、多分コイツの出番はないだろうな」

 俺は捲った腕を元に戻した。それからはダブルクロス開催日まで、ミエラの家に逗留することになった。


 ソレイドは帝国北部の中では最大の都市だが、帝国領に編入されたのはそれでも二年前のことである。それでも街の随所には帝国文化が根強く浸透し、ブレイド・ストラグルのための立派な闘技場も街の中に屹立していた。

「随分と観客が集まったな」

 観客であり、ダブルクロスの証人でもある彼らが壇上席を埋め尽くす俺の隣にはパトロンのミエラが立っていた。

「どう? 緊張する?」

「慣れている」

 そっけなく答えた俺の前を闊歩するのは見覚えのある魔導士の紳士だ。このダブルクロスを主催したクラディン=ラジャイカである。現れたのは彼一人で、契約剣奴は連れていない。

「ほう、貴様がザンスターの契約剣奴か」

 俺の前で立ち止まるなり、好戦的な言葉を浴びせてくる。

「ご機嫌だね、ラジャイカ卿。相変わらず虚勢の張り方だけは立派だ」

「おっと、ザンスター。その減らず口も今日までだぞ」

「言う割にキミの契約剣奴が見当たらないが」

「既に闘技場の地下で控えている。貴様との対戦を、首を長くして待ちわびていることだろう」

「そうかい。それにしてもいいのかな。こんな事にグロワ家まで参加させて」

 ミエラが視線を横に流すと、アルバートが黙って佇んでいた。傍らには外套を目深に被る契約剣奴が控えている。背丈はそれほど高くなく、口元から察するに女かもしれない。

「アルバート、ティレサはどこにいる?」

「挨拶も無しか」

「アルバート=グロワ卿。先日の書簡にも記した通りだが、今回のダブルクロスでは例外的にこちらの条件を提示させてもらった。今回のダブルクロスで優勝した場合、そちらで預かっているティレサ=エングートを解放してもらう。試合開始前に彼女に手を出されてはかなわないからね。もちろん、こちらが敗退した場合は破棄してもらって構わない」

 ミエラが毅然とした態度でアルバートの前に立った。二人の身長差は頭三つ分ある。

「承知している。ティレサはあそこにいるぞ」

 アルバートの指さす先で、彼の手下に囲まれるようにしてティレサが座らされていた。首には獣でもつなぐような鎖付きの鉄環がはめられている。

「ティレサ!」

 俺が前に出ようとすると、アルバートの傍の契約剣奴が素早く立ち回って阻んだ。その動きだけでもかなりの手錬だとわかる。帝国で最も繁栄する魔導士だ。その財力と名声さえあれば、どんな剣奴もほしいままに出来るのだろう。

「一同、お揃いか。それではこれよりラジャイカ家他、三家を交えたダブルクロスを開催する」

 最後に帝国の役人が出て、開催を宣言する。ザンスター家とグロワ家にラジャイカ家、それにこの地方で地歩固めをするホースリド家の魔導士と契約剣奴がそれぞれ向かい合う。まさに魔導士達による契約剣奴の代理戦争が今、幕を開けた。ダブルクロスという名前の由来はこの様子から思いついたのだろう。

開催を宣言したのは彼だったが、その後の進行は主催者である魔導士が采配を振るう。まずは初戦の相手選びだが、これは契約剣奴が最も万全な状態で戦わせる相手となる。故に各々が最も憎むべき相手が初戦の対戦者ということになる。

「ラジャイカ家は初戦の相手として、ザンスター家を指名する!!」

 クラディンが真っ先に声を上げた。ミエラに異論はなかった。そういうわけで一回戦はラジャイカ家とザンスター家、残るグロワ家とホースリド家が仕方なく組まされるという構図になった。


「なんか、すげえ可愛い」

 自分の予想を遥かに上回る可愛さに、僕はその体を三次元的にあらゆる角度から眺め回す。その頃には髪と目だけでなく、皮膚や唇の質感も完成していて、元がのっぺりとした角砂糖とサッカーボールの組み合わせであったとは信じられなかった。

 かくして僕達のアニメ制作は一つの難所を超えた。後の作業は驚くほど簡単で、要は裸の彼女に服を着せるというものだ。スカートの場合は円筒オブジェクトを変形させればプリーツでもフレアーでも簡単に作れてしまうし、上の方も胴体のオブジェクトをコピーして三次元的に膨張させたものを重ね合わせるだけで済む。数年前の高校時代を思い出しながら、僕は一週間ほどで女子高生を作り終えたのだった。

 アニメ業界用語でいうところの作画が順調なお陰で、同時進行するシナリオライティングも今までにない捗りを見せた。僕が思い描く物語は、登場人物である女子高生達が自然豊かな地方都市で友情を育むもの。転校生の主人公が最初は戸惑いながらも、個性豊かな級友達と共に過ごす中で将来像を明確にしていく、それが大まかなストーリーラインだ。自称小説家だった時代にも、これほどまでの傑作は生まれてこなかったと自負しながら、Aの感想を待ちわびた。

「悪いけど・・・・・・これはいかんな」

「いや、面白いし笑いも取り入れてあるぞ?」

「だけどな、ストーリーが平凡というか、オリジナリティが感じられん」

 かつて応募したライトノベルの選評でも同じことを言われていた気がする。そこからいまだに僕は脱却できていないということなのか。

「だったら、中だるみをなくすためにもう少し物語に起伏をつけてみよう」

「いや、そういうことじゃなくてな。主人公が最後は自分の夢を見つけるっていうのが、どうも頂けない。結末をもっとシリアスにしたいというか」

「コメディーなのに? 第一、そういう終わり方をする作品はライトノベルでも一次落ちだぜ?」

「あのな、俺達は何もライトノベルの新人賞を取ろうってわけじゃないんだ。ハッピーエンドでない作品が禁忌だとしたら、あえて誰も作ろうとしなかったものを作ってみようとは思わないか? ルールやセオリーはそうやって、今まで作られてきたものだろ?」

「うーん、すでに誰かがやって失敗したのではないかという気もするが、やってみるよ」

 仮に不発だったとして、また物語を書き直せばいい。アニメ会社の場合は倒産のリスクを孕む危ない橋だとしても、最初からコストを極力投じて来なかった僕達に恐れるものは何もない。僕はせっかく書いた原稿をしまい、次の執筆に向けて今日は早めに帰ることにした。

 一方で完成した女子高生のキャラクターはこれまでに五体。最初に完成させた一体の髪型と体型を少し修正するだけで他のキャラクターが簡単に作れてしまう。登場人物を女子高生に設定したのも、制服を使い回すことで作業工数を減らすがための一案だ。もっとも、スカート丈とソックス、それに下着の色は好みに応じて少し手を加えてある。いずれにしても、物語に必要な役者を簡単に量産できてしまうのが、CGの生産性が高い利点の一つだ。ここまで他作業が進んでいる以上、Aの納得するものを作らなければならない。僕と同じベクトルに沿って進む、戦友が納得できる作品を書かなければならない。僕は気持ちを新たにワープロソフトから白紙のページを読み込む。


 一人の人間はいつの時点で誕生するのだろうか。この生命倫理に関わる問題が初めて議論されるようになったのは、バイオテクノロジーの黎明期ともいえる二十世紀後半のことだと言われている。当時、学者達が出した答えは受精卵が誕生した瞬間。それ以前は個人の身体的特徴や能力はおろか、性別さえも未確定であるためだ。以来、百年に渡り人類は因習のように一貫してこの見解を変えることはなかった。たとえ受精の過程を必要としないがために、一人の人間と見なされないEVEが生み出された現代に至っても。


――3のつく部隊だけは気をつけろ

 これはハイスクールを一年早く卒業した先輩達が残していったアドバイスだ。この国では満十八歳の国民に対して、大学進学者を除く全員に三年間の兵役義務が課せられる。赴任基地や配属が通知されるのは卒業後一か月後だが、軍の専門教育課程を履修しているわけでもない一般人が送られるのは、大半が陸軍大隊の下部機関である小銃中隊と相場が決まっていた。小銃中隊とは歩兵集団のことで、高度な電子制御兵器である戦闘機やら戦車をいきなりの素人が扱えるはずもないから、というのが表向きの理由だ。

 小銃中隊の場合、部隊名は陸軍全体の通し番号である三桁の数字で表現される。3のつく部隊名とは、まさにこのことを意味するのだった。もっとも、気をつけろと言われても部隊名の決定権は軍の人事担当にあるのだから、国民は自分に宛がわれた番号がそれでないと願うことしかできない。

この国では慣習的に3を縁起の悪い数字と見なし、それが付く日には冠婚葬祭行事が行われることもなく、ホテルによっては部屋番号からその数字が取り除かれている所もある。故に3のつく部隊名も不吉の兆候として代々若者に忌避されるようになったのだろうと思われる。軍からの指令書に書かれた配属部隊名が『第333小銃中隊』であると知った時、ヤルク=ローデリオンはただの迷信だと自分に言い聞かせて徴兵に応じたのだった。実際、徴用後二ヶ月にして実戦任務に投入される未来など、この時の彼は信じようとも思わなかったに違いない。


 首都中心街で武装グループが放棄したとの急報が届いてから五時間。緊急出動した装甲車に揺られる中、標準装備のアーマード社製MK45ライフルが肩に重くのしかかる。訓練時と違い、弾倉にはフルロードの2型エリンクル弾三十発が装填されているとはいえ、それだけの重量で説明できる重さではなかった。決して乗り心地がいいとは言えない装甲車の後部座席に詰めて移動すること一時間。まるで鉄格子の檻に閉じ込められているようなこの圧迫感のせいか、あるいは全員がラルクのように初任務を前に沈黙しているのか、車内に響き渡るのは足元で回転を続けるエンジン音と、周囲を警戒する銃座の軋み音だけだ。

黒光りする冷たい銃に触れる指が微かに震えている。それを上官に気取られないために、ラルクは護符代わりで胸ポケットに秘めた一枚の写真を取り出した。今時の写真はデジタル媒体が主流とはいえ、軍に情報端末を持ち込むのはご法度だから、せめて写真だけでもと母が徴兵の前日にわざわざ焼いて手渡してくれたものだった。ローデリオン一家全員で撮った一番新しい写真。そこにはラルクの両親と祖母、兄弟姉妹の外、明らかに髪と目の色が異なる一人の少女が隅に写っていた。白髪に碧眼を印象付けるラルクより一つ下の白皙の少女。ヒユリと名乗る日本の留学生で、ラルクが高校を卒業する二か月前に帰国した。写真のヒユリが身に着ける水兵のような服装も、留学故に身に着けるセーラー服とかいう学生服である。

東洋人、中でも極東の日本人は黒い眼と髪の色であることを知っていたラルクは、初めてヒユリの容姿を目にした時、その意外性に驚いたものだ。聞けば遺伝的要因で、日本でも彼女の外見は珍しい方だと言っていた。

そんな彼女の傍らに立つ茶髪のラルクの頬は普段よりわずかに赤い。あの時の鼓動の高鳴りは写真が記録に留めていなくても、今もはっきり覚えている。ほんの数か月の出会いとはいえ、ラルクはヒユリに対して十分な恋心を育んでいたと自覚する。たとえそれが、ラルクの片思いに過ぎなかったとしても。

 今頃ヒユリはどうしているだろう。ラルクはほんの数か月前までの穏やかだった時代に思いを馳せながら、光が決して届くことのない装甲車の天井を見上げた。

「敵襲!」

 銃座に張り付いた機甲科兵士が機銃をぐるりと向けて引き金を引いたのはまさにその時だった。装甲車は急停車し、ラルクは肩の銃を落としそうになるも、写真だけは胸ポケットに回収する。

 装甲車がギアの異なる速度で運転を始めた。敵弾を避けるべく、蛇行運転をしている感覚が三半規管を揺さぶる。程なくして二十ミリ複合装甲板の向こう側から伝わってくる小さな打音は、装甲車が被弾していることを告げていた。こちら側も応戦するべく、機銃がけたたましく頭上で咆哮しながら、金色の薬莢を社内に巻き散らす。何にぶつかったのか、時折鈍い衝撃音と振動が車内で待機するラルク達の足元を揺るがした。

「突入準備!」

 車長が狭い車内にもかかわらず大音声で命じると、最後部座席の両側に掛ける二人が同時にドアノブに手を掛けた。それ以外の隊員も担いでいた銃の安全装置を解除して胸元に抱え、ヘルメットに掛かるゴーグルで目元を覆う。ラルクもぎこちない動作ながら、何とかそれに従った。

「突入!」

 次の命令で装甲車は急停車し、ドアが両側から外に向かって放たれた。薄暗い車内に一気に白昼の日差しが流れ込んでくる。突然の光の変化に目を馴らす余裕も与えられず、後部座席から順番に、一人、また一人と光の中へ飛び込んでいく。戦友の背中に続いて飛び出したラルク達は、瞬時の判断で身を隠せる場所めがけて飛び込んだ。辺りはコンクリートで覆われたビル群と大道路。ラルクは乗り捨てられた車の向こう側にしゃがみ込む。

「行け、行けえ!!」

 乗ってきた装甲車の機銃は北東を指していた。同時にそれはラルクの頭上だった。装甲車に同乗していた隊員の何人かがラルクのいる側に頭だけを出しているのが見える。図らずもラルクは敵が隠れる側に入り込んでしまったらしい。そこは外国籍の企業か、財閥がオフィスを置くガラス張りの高層ビルで、ラルクがいるのはそのお膝元。銃で応戦する敵は階上から狙っているらしく、少なくとも真下のラルクがそれに捕捉されることはない。反面、ラルク達の侵攻を警戒する敵の仲間が迎撃に出てくる危険はあった。

「俺達が助けるぞ! ラルク、ついてこい!」

 道路の向こう側の戦友は引きも切らない銃撃の雨に身動きが取れずにいる。一方、同じく敵の視界に逃げ込めたラルクと同じ側を選んだ二人の隊員が、ラルクの肩を掴む。

「りょ、了解!」

 彼らに続いてラルクはビルの一階に飛び込んだ。ビルの上から狙われている戦友達の反撃がひとしお強くなる。ラルク達が制圧するまでの間、敵の戦力をできるだけ引き付けるのが狙いだろう。彼らの援護に応えるためにも、立ち止まるわけにはいかない。部隊内での結束はここ数か月の訓練で鍛えられたラルクだが、今の彼を駆り立てているのは戦友達の勇気によるものだった。

 床に散らばったガラス片を踏みしめて疾走するラルクの背後で銃声とは異なる轟音がした。振り返った先で装甲車が炎に包まれていた。運転席や銃座についていた機甲科隊員達の顔が脳裏をよぎる。ラルクはそれに目を背けて、今はただ二階への突破口を探す。

 政治と経済の中心地を兼ねたワグアード・シティがこんな廃墟になるなど、誰が想像しただろう。武装した複数の犯行グループが首都中心で無差別テロを実行してからわずか数時間で事態はもはや警察の手に負えなくなった。犯行グループの身元も目的も不明であるが、恐らくは北側の国境を隔てた大国に傾倒する勢力のテロである可能性が高い。地理的な理由でこの国が有事の渦中に巻き込まれたのは一度や二度ではないからだ。強いて言うなれば、この国が今なお徴兵制を維持しているのもそうした歴史的経緯によるものだ。いずれにせよ、敵の特定は軍のシンクタンクに任せておけばよい。ラルクが成すべきことは首都をテロリストから奪取し、生き残ること。そして自由を勝ち取った暁には遠くのヒユリに伝えられなかった思いを伝えること。それだけだった。

 敵が立て籠もるビルが一階ごとのフロアが広く、ラルク達は戦力を分散せざるを得なくなった。テロの爆心地から遠いせいか、一般人の避難は間に合っていたようで酸鼻極まる光景に出くわすことはなかった。単独行動となったラルクは荒れたオフィスビルの中を慎重に進む。

どんな場所を進む時も基本は低姿勢。廊下の角に出くわす度、壁に背を預けてまず銃口を覗かせる。向こうで人が動く気配はない。これが軍の基礎教練で教わった安全の確かめ方だ。それに忠実に従ったラルクは曲がり角を進む。だが、敵はそこにいた。

 間断のない銃撃音がして、ラルクは尻もちをつきながらも壁の向こうに身を隠す。間違いなく自分を狙ったアサルトライフルのフルオート射撃だ。あと一歩、余計に進んでいたらやられていたかもしれない。

 このまま迎え撃つべきか。あるいは銃撃を聞いて駆け付けた仲間との合流を待つべきか。ラルクは命拾いした感慨に浸る間もなく、次の選択を迫られる。下士官や通信要員でもないラルクは無線機を持たされていない。この状況で同じビルを散策する仲間に状況を伝えるのは困難だ。むしろ今ここで自分が戦わなければ、彼らの方が危険にさらされるのではないか。狙撃で仕留めるのは不可能でも、敵の注意を惹き付けておくくらいのことはできる。壁を伝いながら再び銃口だけを覗かせる。廊下の向こうは不気味なくらい静まり返っていた。

 陽動作戦が見え透いているのではないか。ラルクがふと思ったその時、抱えているライフルに突然力が加わった。銃口を握りしめている手が出たかと思うと、次の瞬間には黒い影がラルクに向かって襲い掛かる。

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