第6話 回答不能

ブラウザの戻るボタンで元のページに戻れます。

Press back button of your browser soft in order to get back previous page!















「お前は自分の力で生きていくって誓ったんだろ? それが何でアルバートに迫られた決断で泣いているんだよ。俺のことは心配するな。お前にキラルと俺のどっちが死ぬかなんて選択はさせない! 絶対に、だ!」

「でもどうやって」

「・・・・・・俺を信じろ。アルバート! ダブルクロスはまだ終わっちゃいないぜ!」

「どうやら彼女を切り捨てる決断をしたようだな」

 剣を片手にゆっくりと歩くキラルを見送りながら、アルバートが嘲った。

「その逆だ!」

 両手を開いた俺のど真ん中に、キラルの剣が深々と突き刺さった。冷たい感触が一気に俺の身体を突き抜ける。そこから強烈な痛みが燎原の火のごとく身体を苛んだ。肋骨の間を滑る剣が、背中まで突き抜けるとはこういう感触か。ダブルクロスで何度も見て来た光景を今、俺は自分の身をもって体感している。

「ニレイ・・・・・・?」

 剣を固く握りしめていたはずのキラルの手がわなわなと震えだす。俺を貫いたことでとてつもない後悔と罪悪感がキラルの表情から血の気を奪う。

「わ、私・・・・・・何てこと!」

「・・・・・・いいんだ、これで」

 俺は血反吐交じりの答えを返した。

「うそ、私、私・・・・・・ごめんなさい!」

日当たりのいい闘技場の土の輻射熱が足元から伝わって暑かったのに、今は背筋に震えを覚えるほどに寒い。俺の足は身体を支える力を失っていく。

「ニレイ・・・・・・」

 ミエラも呆然としたまま椅子に力なく座り込む。ティレサは涙も涸れて口を開いたまま、硬直したように動かなかった。アルバートだけは串刺しになった俺を見て感無量といった表情をしている。結局このダブルクロスでの唯一の勝者は彼だけだったということだ。だがそれは、この時点だけということを忘れてはならない。俺はまだ、アイツの単独勝利を認めたわけじゃない。

「そろそろか・・・・・・」

 俺は左腕の痣が跡形もなく消失したのを確かめる。ダブルクロスで敗退した者にミエラの魔法はもはや不要ということだろう。続いてキラルの方を向く。さっきまで陰鬱だった表情は消えたが、俺の前でとめどなく涙を流している。アルバートの魔法も、土台であるキラルの負の感情を失って消失したのだろう。この瞬間を、俺は待っていたのだ。

「空間転移!」

 俺は最後の力を振り絞って詠唱した。空間が時間と無関係に転移していく。そう、時間と無関係に、だ。今の俺は、運命を動かす時間の歯車から完全に独立していた。


 景色は再び闘技場に戻る。

「えっ・・・・・・私」

 俺の数歩先に驚くような表情でキラルが佇んでいる。

「ニレイ? こんな所で何しているの?」

彼女の様子を見たアルバートも異変に気付いて振り返る。

「馬鹿な、私の魔法が勝手に解除されただと?」

 奥歯を噛みしめたアルバートは悔しがるように俺を睨みつけた。その俺の胸に剣はなく、腕にも痣はない。とはいえ、さっきまでの数秒間の瀕死は紛れもない現実である。ただ、それは今から数秒先の現実だったというだけだ。

「ボクの魔法が、消えた?」

 ミエラも俺の動きが一貫性を取り戻したのを見て思わず立ち尽くした。それを聞いたアルバートが何か閃いたような顔をする。

「さては貴様、時間を巻き戻したな?」

「ご名答。そういうことさ」

「時間を・・・・・・巻き戻す?」

 思考が追い付かないティレサがオウム返しに言葉にした。

「そうだ。俺の得意は空間魔法だが、その発動には時間軸への干渉が絶対的な条件なんだ。空間をねじ曲げて瞬時に移動するにしても、移動に掛かる時間をゼロにしていることになる。それを応用して、数秒間くらいなら時間も巻き戻せるというわけだ」

「ちょっと待って! 時間を巻き戻せるなら、どうしてボクの魔法は消えたままなの?」

「時間を戻しても戻せないものは一つだけある。それはこの世界の時空より高次元の力を引き出す魔法だ。つまり、ありとあらゆる自然現象は時間と一緒に巻き戻せても、魔法の効果だけは遡及できない。だから俺は、敢えて自分を死の縁に晒すことでキラルと俺に掛けられた魔法の両方の解除を待ってから、時間を巻き戻したということだ」

「空間を御する者は時間をも御するというわけか。ではそれが、貴様らエルガルド家を破滅へ導いた禁忌だったということも忘れてはいまいな?」

 俺はアルバートの方を向いた。

「大魔導士ヘヴィン以来、この世界の条理に干渉する数々の魔法が研究され、生み出されてきた。だが時間だけは、いかなる魔導士さえも御することできなかった。だがそれを成し遂げたのが貴様らエルガルド家だ。どうして他の魔導士達はエルガルド家を恐れたと思う? 時間を操り、神にも等しい力を手にしたエルガルド一族がこのクラディア帝国を支配するのではないかと恐れたからだ」

「俺にこの帝国を牛耳ろうなんて野心はない」

「馬鹿な。貴様に野心があろうがなかろうが関係ない。強大過ぎる力は、それを持つだけで罪に等しいのだ。さあ、キラル。ニレイを今度こそ始末しろ! 我が魔法がなくとも、この男を心の底で憎むお前の気持ちに偽りはないはずだ」

「私は・・・・・・」

 キラルは戸惑った目で俺の方を見る。

「キラル。お前に寂しい思いをさせたことは、本当に済まなかった。もしお前が俺を許せないというなら、今度こそここで俺を倒せばいい。今までいろいろと世話になったな」

「ニレイ・・・・・・私、決めたわ」

 キラルは意を決した表情で俺に歩み寄る。手にした剣は携えたままだ。

「本当に、誰に対してもお人好しなんだから」

 キラルは一瞬微笑むと、踵を返してアルバートと向かい合った。

「ティレサさんを助けるんでしょ。ここで私に殺されたらそれも無理じゃない?」

「すまん」

 俺もキラルと同じ方向に剣を向けた。

「私の居場所はここでいいから。ニレイの傍にいるなら、魔導士とだって戦える!」

「愚かな小娘が」

 アルバートは舌打ちすると、従者から杖を受け取った。

「これはもはやダブルクロスではない。貴様らは帝国の法典を犯した罪で魔導士アルバートに粛清された。そういうことにしておこう」

「そんなことはさせません」

 俺の反対側で別の声がした。見ると壇上席から飛び降りたティレサがどこからともなく持ち出した剣を構えていた。

「ティレサさん?」

「ティレサ、お前は、主家であるこの私にそんなものを向けるのか!」

「確かにあなたには数えきれない御恩があります。でもそれだけで、私の友人達を傷つける権利が与えられたわけじゃない! アルバート様! 退いてください!」

「ふざけるな!!」

 怒りを爆発させたアルバートの杖が炬火のごとく燃え上がり、滾る炎が大蛇のごとくうねりながらティレサを襲う。真正面に立つティレサは同時に剣を振りかぶって虚空を力一杯に切り裂いた。生じた余波が炎の大蛇を断ち切り、いかばかりの熱を残して消失した。

「今です!」

 ティレサの目配せと同時に俺はアルバートの真正面に空間転移する。すぐ近くには焦りと怒りに歪んだ魔導士の顔があった。

「貴様、来ると思ったぞ!」

 俺の襲撃を予想していたとみられるアルバートは、早くも杖を両手に握りしめて目の前に現れた俺を薙ぎ払う姿勢だった。杖の先端からは怪しげな紫色の光が噴き出す。あたかも魔力の矛先を宿した槍のようだった。

「終わりだ!!」

 まだ防御の構えを取っていない俺を見て、アルバートは声高に勝利宣言する。この体勢ではアルバートの攻撃が早く届くのは確実だ。剣奴ではないアルバートもそれを確信していた。

 魔力の槍はアルバートの膂力のままに振るわれた。が、魔力の矛先は完全な円弧を描き終わらぬうちに虚空で弾き返された。俺の剣ではなく、背後から追いついてきたキラルが受け止めたのだ。

「ニレイ!」

「おう!!」

 キラルがアルバートの槍を堰き止めているうちに、横に回り込んだ俺は左手を突き出した。剣を握る腕ではなく、本当にただの拳だった。

「ぐおっへぇ!」

 拳のめり込んだアルバートの顔が歪み、長身痩躯の身体が投げ出されて闘技場の赤土にまみれた。土埃が一段落しても、アルバートは起き上がらなかった。

「・・・・・・なぜ、殺さなかった?」

「俺達は剣奴だ。命の重さを他の誰よりも知っている。ブレイド・ストラグルの非情なルールに縛られない間は、好んで人を殺したりはしない」

「・・・・・・だが貴様には、私を殺す理由が十分にあるだろう?」

「俺にはあっても、彼女がそれを望んじゃいない」

 俺はティレサの方を見ながら言った。

「ティレサが?」

「アンタが本当にティレサさんを縛り付けるつもりだったら、何よりもまず魔法の力を使ったはずだ。それをしなかったってことは、彼女が本心からアンタに振り向いてくれることを期待していたってことじゃないのか? ティレサさんもそれを知っていたはずだ」

「アルバート様。私は・・・・・・」

「どうして、愛おしいお前は私の下を離れてしまうのだ」

「私は、自分に自信が持てなかったのです。今の恵まれた境遇が、アルバート様の存在によって得たものだとしたら、本当の私は何もないことになってしまう。それが怖かったのです」

「そうか、そうか」



「レーネシエール。どうやら俺達はここまでのようだ」

「主の正体が露見したか?」

「多分・・・・・・電話をかけてみる」

 呼び出し音がいつまでも続く。どうやら直接会わなければ、話しに応じるつもりはないらしい。

「覚悟は決まったか?」

 レーネシエールが問う。

「彼女達とはあまり争いたくないが、仕方ない。こっちだって、生活が懸かっているんだ!」

 俺は魔剣を背負って、星野に会いに行くことにした。


 星野はまだ、制服を着たままだった。まるで人を避けるように、パーカーのフードを目深に被っている。

「やあ」

 手に汗握り、声を震わせて俺は手を振ってみた。

「魔剣、持って来なくていいって言ったけど」

「そういうわけにはいかないだろ?」

「場所、変えるよ」

ゴルフバッグを背負う俺を見つけると、スマホを打ちながら言った。

 高架線下の駐車場は街灯にも照らされず、静まり返っていた。柱には不気味な落書きが幾つもひしめいている。なるほど、暗殺には最適な場所だ。

「俺が暗黒騎士だってこと、知っていたんだな」

「当たり前じゃん。あんな粗末なサイト、簡単に侵入できるよ」

 俺は勇気を出して次の質問を試みる。片手は既に、魔剣を取り出そうとしていた。

「てことは、俺を殺すのか?」

 星野はしばらく俺を睥睨する。今すぐ攻撃を仕掛けてくる様子には見えない。どうやってシャイリンに変身するのかは知らないが、両手はポケットに入ったままだ。

「別に、アンタとやり合おうって気はないよ。その気があれば、昼間にアンタの正体を桜川達の前で暴いている」

「どういうつもりだ?」

 星野は俺に背を向けて歩き始める。

「アタシさ・・・・・・」

 そして踵を返して振り返る。

「正直言って、どうでもいいんだよね。聖女戦士とか、魔剣探しとか」

「何?」

「暗黒騎士のアンタとやり合うつもりはない。むしろ、取引を持ち掛けたい」

「俺と取引? 暗黒騎士と聖女戦士が結託するのか?」

「だって、ひどいと思わないのか? アタシらの女神様にしても、アンタの魔王にしても、自分達の代理戦争を人間に押し付けているだけじゃないか」

「本気で言っているのか?」

「本気だよ。だから他の聖女戦士の前では、こんな話は出来ない」

 桜川達は知らないのか。俺はまだ、彼らがどこかに潜んでいる気がしてならない。

「大丈夫だ。ここにいるのはアタシ一人だよ。心配ならば、試しに桜川の番号に電話すればどうだ?」

 俺は言われた通りに電話をかけてみる。

『はい?』

「あ、野村だけど」

『野村さん? どうしました?』

 間違いなく桜川の声だ。普通に話しているのに、この近くで声は聞こえない。つまり星野の言う通り、遠くにいるということだ。

「ごめん、知り合いに掛けようと思ったら番号を間違えた」

『そうですか。すいません、こちらは取り込んでいるもので。失礼します』

「言っただろ?」

「それで、取引は何をすればいい?」

「アンタ、あのノムラムスをでっち上げて広告収入を稼いでいるんだろ? 月にどのくらい稼いでいる?」

「よくご存じで。最近は、二百万を少し超える程度か」

「その半額がこっちの条件だ」

「ちょ、待て・・・・・・」

 月百万円が身代金か。随分な額だ。

「嫌なら、背中の魔剣の存在をバラすよ」

「取引というより、強請だな」

「応じれば、残り百万円はアンタの分だ。それとも、今までにぶっ壊したビルや道路の損失補償を押し付けられたい?」

「だが、他の聖女戦士はどうする? 星野の一存でこの取引を決めたとしても、桜川達が俺の正体を突き止めるとも限らない。その辺のリスクプレミアムは貰わないと」

「安心しろ。あんなボンクラ共、アタシが黙らせる」

「そんなことが出来るのか?」

「楽勝さ。桜川は狂信的なまでに女神フルオレンスの言葉に忠実で、正義感だけは人一倍強い。でも、アイツは意気込みだけで聖女戦士としての実力は大したことない。おまけに水谷は呆れるほどの臆病者。聖女戦士の戦力は、アタシ一人に依存していると言ってもいい」

「では万が一の時は、星野が何とかしてくれると信じていいんだな?」

「アタシはアイツ等が大嫌いなんだ。そんな奴らがアタシの利益を奪うというものなら、ためらいなく殺す」

「君達は仲が良くないのか?」

「別に。聖女戦士になるまでは知り合ってもいなかった。今だって、お互いを深く理解しているとは言い難いけどね。それにしてもオッサン、随分と用心深いんだな」

「これでも昔は営業マンでね。リスクを上手く避けて生きてきたのさ」

「それじゃあ、これで取引成立かい?」

 俺が承諾しかけたその時だ。俺の背後の空間に、黒い穴が明いた。

「何だ?」

 星野は身構える。穴そのものに対してではなく、穴の向こうに潜む気配に警戒していた。

「面白いことを言うな。小娘」

 穴から現れたのはレーネシエールだ。

「何だ、お前は? アタシより年下に見えるが」

「人間はやはり何事も見た目で判断するのだな。我はお前より、何百倍も長く生きておるのだぞ?」

「へぇ、ババアなんだ。アンタが、魔剣?」

「星野。コイツは・・・・・・」

「我は、レーネシエール。主の魔剣に宿る魔力の化身ぞ。先ほどは面白い話を聞かせてもらった。よもや、主を脅迫するとはな。それに、我をババア呼ばわりするとは。お前の死に顔が見てみたくなったぞ」

「おい、レーネシエール!」

「主よ。何もこんな小娘の言いなりにならなくてもよいのだぞ。我の魔力の前には、たった一人の聖女戦士の力は無力も同然。おまけに、残りの聖女戦士の実力も取るに足らないと見た」

「ア、アタシとやろうっていうの?」

「声が上擦っておるぞ。可愛い奴だの」

「うるさい! そっちがその気なら・・・・・・」

 星野は首からペンダントを外す。それを握りしめた。

「まあ、待て。我は主の下僕だ。主と不可侵の約束を交わした以上、我はお前ごときを屠りはせぬ。それより、我はお前を話の分かる奴と見た。ついでに、我とも取引をせぬか」

「アンタと、取引?」

「お前は、聖女戦士としての使命に耐えかねているのだろ? 女神フルオレンスに選ばれたばかりに、我ら魔王軍と戦うことになったのを、悔やんでいるのではないか?」

「知らないね」

「隠さなくともよいのだ。お前の心は本来、この魔剣を手にする資格を持つくらい、闇に染まっているはずだ。それが先に聖女戦士となってしまったことで、お前は嫌々ながら他者のために働かざるを得なくなっている」

「アンタには関係ないだろ」

「もし、その重荷から解放されるとしたら?」

「そんなことが出来るのか?」

「我の条件を聞けばな」

 レーネシエールが不気味に微笑む。その闇の深さに星野は戸惑いつつも口を開いた。

「ハッ、聞こうじゃないか。 アタシは何をすればいいんだ?」

「お前の持つ聖女戦士の力で・・・・・・女神フルオレンスを殺すのだ」

「な、それは!」

「レーネシエール! 星野にそれをやらせるのか?」

「主よ。我らは戦争をしておるのだぞ。沽券だの体裁だのにこだわっている場合ではないのだ」

「アンタ、アタシよりもずっと強いんだろ? 自分の手は汚さないのか?」

「女神フルオレンスは我が魔王軍の前には決して姿を現さぬ。だから我は、フルオレンスの姿を見たことがない。それでも奴は、魔王様の世界侵略を妨げる邪神よ。万死に値する」

「アンタって、さすがは魔王の手先ね」

「何を言うか。世界に悪が満ちているからこそ、正義は輝くのだ。悪とはいわば、正義の引き立て役だ。女神フルオレンスはそれをわかっていないのだ」

「ククク、面白いじゃないか! わかったよ! アンタの言う通り、あのわけのわからないクソ女神をぶっ殺してやる! だけど、生憎だがフルオレンスはアタシらの前にさえ、滅多に姿を見せないんだ。今すぐ殺しに行けと言われても、動くことは出来ない」

「構わんぞ。機会に巡り合えた時に、それを逃しさえしなければ」

「よし、取引成立だ。こっちの約束は忘れるなよ」

「安心しろ。約束は必ず守る」

「話は決まりだ。そしたらオッサン、明日からは普通に振る舞え。今日のことは、絶対に気取られるなよ」

「ああ、わかった」

 俺は星野の未来を案じながら答えた。

「主よ。帰るぞ」

「あ? ああ」

星野の背中が立ち止まる。鞄からスマホを取り出した。

「何だ? 水谷か。こんな遅くにどうした?」

『星野さん! 助けて下さい! 桜川さんが・・・・・・』

「何だよ? 落ち着いて話せよ」

『桜川さんが、殺されるんです!』

「何だって?」

 その声に俺も振り返った。その声とは水谷の声だ。彼女の声はここからでもよく聞こえた。

「桜川が殺されるって、どういうことだよ? だって魔剣は・・・・・・」

 俺が持っている、とまでは言えなかった。

『それが、魔剣が見つかったんです! 学校前の、商店街で!!』

「魔剣が見つかっただと? 馬鹿な!」

 星野は険相を浮かべて俺とレーネシエールを見る。

『とにかく早く助けて、このままじゃ私も・・・・・・え? いやあぁ!!』

 電話はそこで途切れた。

「おい! 魔剣のババア!! どういうことだ! 魔剣は一つじゃないのか?」

「我はこの世界に魔剣が唯一無二とは言っておらぬ。魔王様が新たな暗黒騎士に魔剣を託したのだろう。我ごときが魔王様のお考えを推測するなど、僭越に過ぎるが」

「どうなってんだよ、チクショウ」

「それより小娘、魔剣を何とかした方が良いのではないか? あれの存在が知られれば、主の商売とやらは立ち行かなくなるぞ」

「確かに、ノムラムスにはまだ活躍してもらわないとな」

「わかった。その魔剣は、アタシが何とかする」

 星野はペンダントを握りしめたまま、商店街に向かって走り出した。

「主はどうする?」

「俺も行く」

「言っておくが主よ。聖女戦士は敵である」

「それはわかっている。一応、利害関係者としての立場で行くんだ」

 俺は冷静を繕って答えた。だが内心は、桜川のことで心配だったのだ。


 商店街に居たのは、もはや人間ではなかった。人間だった何かだ。

「お前らぁ!! 皆殺しだあぁ!!」

 魚屋の店主と思しき男性が、俺の持つ魔剣と同じものを闇雲に振り回す。通行人達はその声に怯えながら逃げ散っていく。その中には警察官の姿もあった。

「や、止めて下さい・・・・・・これ以上、街の人達を傷つけないで」

 すでに半死半生のピュアリンがその足にしがみつく。

「邪魔だぁ!!」

 剥きだした目で見下した魔剣の主はピュアリンを小石のように蹴飛ばした。ピュアリンの身体は八百屋の中に投げ飛ばされる。

 近くに隠れていた水谷が縮みこまる。

「アイツが魔剣の持ち主か」

 星野はペンダントを掲げた。黄色い光が彼女を包み込む。次にその姿を現した時にはシャイリンの姿だった。

「星野さん!」

「アタシが相手だ!」

 シャイリンは魔剣の主に向かって驀進する。それを待ち構える魔剣の主。しかし、両者の間の道路が突然爆発する。

「何だ?」

 素早く躱したシャイリンの注意は、建物の屋上に引き寄せられる。見知らぬ少年が店の上からシャイリンを俯瞰していた。

「レーネシエール。あれは・・・・・・」

「我と同じ魔剣の魔力だ。おそらく、あの男が持つ魔剣だ」

 レーネシエールと、少年の目が合った。レーネシエールは跳躍する。そして片手に秘めた魔力の玉のようなものをぶつけた。

「レーネシエール?」

 意外な行動だった。少年は、レーネシエールにとって同類のはずだった。

「おい、小僧。この世界は我と主が暗黒騎士として任じられているぞ。我を差し置いて専横に振る舞うとは、いかがな了見だ?」

「君がレーネシエールか。ということは、あれが君の主だね。なるほど、道理でこの世界に僕まで呼ばれるわけだ」

「どういうことだ?」

「わからないかい? 君達の甲斐性がないと言っているんだよ」

「口の利き方を知らないな。教えるならば、今からでも遅くなかろう」

「ああ、嫌だ。仕事も出来ないくせに先輩と偉ぶっている」

 魔剣の魔力である両者は商店街の上で衝突する。その下では、シャイリンと魔剣の主が互角に渡り合っていた。

「コイツ! 何て力だ!」

 振り下ろされた魔剣を受け止める、シャイリンのロッド。魔剣の刃が徐々にシャイリンに迫ってくる。

「なぜだぁ!! 俺の魚は鮮度が一番なのに、何でみんな大型スーパーに行くんだぁ!! これじゃあ商売にならないだろうがぁ!」

「はあ? そんなことで暴れてんのかよ! そんなの当り前だろ? この飽食の時代に、客は値札以外に何も見ねえよ! うまい魚が食いたかったら、海沿いの街にドライブだ! そんな市場原理もわからねえのか!」

「何だ、と?」

「お前にも家族があるんだろ! 自暴自棄になる前に、まずはそいつ等のことを考えろ!」

「俺の? 家族?」

「シャイリン! 退いて!」

 背後でピュアリンがロッドを構える。その先端からはピンク色の光の粒子が溢れていた。

「待て! ピュアリン!」

 シャイリンの注意が反れた。それを見逃さなかった魔剣の主がシャイリンの腕をつかみ、そのまま彼女の身体を投げつける。投げつけられた先は、自分の店だった。

「もうおしまいだぁ!!」

「ごめんなさい! でも、魔剣に心を許したあなたを、私達は見逃すわけにはいかない!」

「があぁぁぁ!!」

 魔剣の主は雄たけびと共にピュアリンに襲い掛かる。

「ピュアリン!!」

 俺は迷った。このまま背中の魔剣を使うべきなのか。しかし、そんなことをすれば俺が暗黒騎士であることも露呈する。

「ピュアリンランス!!」

俺が逡巡している間に、彼の身体を光の矢が貫いた。

 魔剣の主は、身の捩れるような叫びをあげて、紫の炎に全身を包まれた。

「何だ? 何が起こった!?」

 燃え尽きた後には何も残らない。残されたのは、自分で破壊した自慢の店だけだった。

「ああ、やられちゃった」

「これでこの世界に留まる理由はなくなったわけだ」

 上空では、魔剣の主に仕えていた少年が半透明になりかかっている。

「貴様の目的は何だ? なぜ、この世界に二本目の魔剣が存在している?」

「さあね。君の持ち主に問題があるんじゃないかな」

魔剣の少年は、そのまま姿を消した。ピュアリン達はそれに気づく間もなく、店主の居なくなった魚屋の前に立ち尽くす。ピュアリンは既に桜川に戻っていた。

「桜川、お前がやったのか?」

「・・・・・・うん」

 星野が桜川の胸倉をつかむ。

「星野さん?」

 水谷はただ、二人に近づけずにいた。

「何で殺したんだよ! アンタだって、魔剣に憑りつかれる前の魚屋のオヤジを知っていただろ! どうしてそんな簡単に殺せたんだよ!」

 桜川の非情を咎め立てする星野。桜川は抵抗する様子もなく、表情を険しくしていた。まるで、自分のやったことを無理にでも正当化しているようだった。

「あれはもう、私の知っているオジサンじゃないから」

「ふざけんな。魔剣さえ壊していれば、救えたかもしれないのに! それでも正義の聖女戦士様か! どうなんだよ!」

「そうよ。聖女戦士よ。だから魔剣を許せなかったの」

「・・・・・・この、偽善者が」

 星野は吐き捨てるように言うと、商店街から姿を消した。

「主よ」

 魔剣の影に隠れたレーネシエールが呼びかける。もちろん、聖女戦士達には聞こえないように、小さな声で。

「話がある。今日はこのまま引き上げるぞ」

 俺は聖女戦士達に告げることなく、その場を後にした。いずれにしても、こんな状況で彼女達に語り掛ける言葉を、俺は見つけることが出来なかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る