パイロット版 『空母ヴィクトリアスの最後』
キュッチャン
『空母ヴィクトリアスの最後』
地球連邦軍による一大反攻作戦が開始された。
地球の防衛艦隊を除く全ての艦隊がこの作戦に投入されている。
「主砲射程内に敵影入ります、どうぞ」
「射撃命令ないし、旗艦の発砲を確認するまで待機しろ。射撃諸元確認を忘れるな」
ニューヨーク級巡洋艦215号のCICで、艦長が答えた。
地球連邦宇宙軍の主力巡洋艦であるニューヨーク級巡洋艦には都市名が名付けられるのが通例であったが、大量生産にかかる命名コストの削減と、戦況の悪化に伴うイメージ低下から中止されていた。
「艦長、艦隊旗艦から通達、射撃命令に備えよとのことです」
「わかった」
内心の「なにをもたもたしているのか」という思いは出さず、艦長は答えた。
射撃タイミングの調整など既に済ませておいて然るべきはずだったが、彼の所属する第八艦隊を含む新設艦隊群は明らかに経験不足だった。
実際のところ、経験豊富な第二艦隊にすべての艦隊を指揮させることも検討はされたが、第二艦隊旗艦であるヴィクトリアスの指揮命令にかかる負荷が高くなりすぎるために断念されていた。
「第二艦隊、攻撃開始」
「第八艦隊旗艦から射撃命令!」
オペレーターが報告する。
「主砲及びミサイル、撃ち方はじめ!」
巡洋艦215号のCICに命令が響いた。
第二艦隊の射撃開始からややあって、すべての地球連邦艦隊から砲火が放たれた。
「敵艦隊よりポッドミサイルの発射、多数確認」
「対空砲の射程に入り次第、迎撃開始」
戦術モニター上にも、敵艦隊から放たれた無数の光点が向かってくるのが確認できた。
そして、各艦の防空装備の射程や射角を統合して表示された円形の範囲内に侵入した光点が次々に輝きを失っていく。
しかし全てを撃ち落とすことはできない、やがて迎撃をかいくぐった光点が味方艦を示すマークに次々に衝突していく。
巡洋艦215号の艦長は顔を上げて自艦の周囲を映す外部カメラの映像を見回した。
周囲の味方艦の何隻かにポッドミサイルが突き刺さるのが見える。
艦の正面を映すカメラには、はるか彼方で敵艦の防御シールドが放つ瞬き、そしてそれを貫いた砲撃が敵船体に命中した赤い輝きが見える。
「我が方の攻撃の成果は、状況はどうなっている」
「概ね予測どおりです。敵防衛艦隊に損害を確認しています」
これまでの艦隊戦と決定的に違ったのは、地球連邦軍は敵艦隊の戦力と戦術を把握していることだった。
正面からの艦隊戦ならば(大きな犠牲を払った上で)勝利できるという予測が出たからこそ、この作戦は承認されたのだ。
ポッドミサイル主体の装備体系で構成され、敵艦を乗っ取る戦術を取るエイリアン軍に対しての対処法を地球連邦軍は編み出していた。
その内容は、先んじて砲撃戦を行い敵の数を減らし、艦内の白兵戦には徹底的な遅延戦闘を行い、その間に一発でも多く敵艦に攻撃し、最後には自爆するという捨て身の戦術だった。
味方を見捨て、生き残ることを放棄することこそが勝利に近づく手段であると地球連邦は判断したのだ。
「第二艦隊、突撃を開始」
「我が艦隊も突撃を開始します」
ミサイルを撃ち尽くした地球連邦艦隊は猛然と敵艦隊に向けて突撃を開始した。
これまでの戦術が通用しないことに気がついたエイリアン軍も、今やすべての兵装を地球艦隊に向けていた。
「第二艦隊旗艦、ヴィクトリアスに命中弾多数!」
モニターを凝視していたオペレーターが叫ぶように報告する。
「ヴィクトリアス、突撃命令を打ち続けています」
「ヴィクトリアス、第二艦隊旗艦を巡洋艦ボストンに移譲」
「ヴィクトリアス、進路固定、自爆シーケンスを開始した模様」
オペレーターが状況の推移を次々と報告する。
ヴィクトリアスはレーダー画面でもはっきりと分かるほどの加速をすると、進路を固定し敵艦隊めがけて突進していった。
敵の砲火がヴィクトリアスに集中するが、自動操縦で操艦されるヴィクトリアスは進路を敵大型艦に向けたまま進み続けた。
ヴィクトリアスの生き残った砲座はその間も、目に入った敵艦へ向けて手当たり次第に攻撃を行っている。
おそらく艦内では侵入した敵との戦いが行われているはずだ。
脱出ポッドは確認できない。
攻撃艇は既にすべてが発艦済みだ。
事前の想定では、前衛を務めるヴィクトリアス艦隊は作戦の第一段階で壊滅すると推測されていた。
与えられた任務はもちろん、ただ壊滅することではなく、敵の防衛艦隊を一隻でも多く撃破し、降下部隊が突入できるだけの防御上の穴を開けることである。
加速したヴィクトリアスの船体は、そのまま敵大型艦に衝突すると大爆発を引き起こした。
彼女と敵大型艦の破片は四方に飛び散りさらに何隻かの敵艦へ損傷を与えた。
その状況を外部カメラによる映像と、戦術モニターで確認した巡洋艦215号の艦長は号令を発した。
「ヴィクトリアスの開けた穴を塞がせるな!攻撃を集中しろ!」
なるほど、EFSヴィクトリアスとその乗員は地球連邦市民に対する義務を果たしたということだ。
俺は生きて義務を果たす方を選びたいものだ。選べるかは別として。
巡洋艦215号の艦長は心のなかでそう呟いた。
「上陸部隊の降下艇、発進開始」
「強襲揚陸艦も降下体制に入ります」
非常灯によって赤く照らされた巡洋艦215号のCICで、オペレーターが報告した。
CICはあちこちが損傷し、乗員もまた多くが死傷していた。
被弾時にしたたかに打ち付けた腹の打撲傷を庇いながら、艦長は戦術モニターを睨みつけた。
上陸部隊と対地攻撃部隊が、巡洋艦215号を含む前衛の攻撃艦隊を追い抜いていく様子が見える。
「どうにかなったか…」
艦長はため息混じりにつぶやきながら座席へ座り込んだ。
ニューヨーク級巡洋艦215号もまた、義務を果たしたということだ。
CICの隔壁が開いた。
艦内に侵入したエイリアンが最後の障害を突破したのだ。
既に自爆指令は入力済みだ。
ニューヨーク級巡洋艦215号は、意図的に引き起こされたエンジンの暴走によって消滅した。
パイロット版 『空母ヴィクトリアスの最後』 キュッチャン @kyu190
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