第59話

「そういえば今日は翼も浴衣なんだね」


「ああ、せっかくだしな」


翼も私と同じく今日は浴衣姿で、無地の紺色の浴衣を身に纏っていた。やはり彼の背格好は浴衣がよく映えており、すれ違う周りの女性達は彼に見惚れているようだ。


「凛の浴衣もすごく綺麗だな、日本美人の凛にはよく似合ってる」


「ふふっ、ありがと!そういう翼も似合っているよ、なんかいつもの雰囲気とは違うから別人みたい」


「それって褒めてるのか・・・?」


「褒めてるよ、何だかお店にいる時みたいな落ち着いた雰囲気してる」


学生服を着ている時の翼では無く、お店の制服を着ている時の翼は普段の時よりも数倍大人びていると感じる、今の翼はその時と同じような雰囲気を纏っているのだ。今はまるで年上の人といるのではないかと錯覚するほど、彼には余裕があるように見える。


「浴衣だと嫌でも落ち着かないといけないからな、てか凛と一緒にいる時はそれなりに落ち着いてるんだぞ?明とか友希とかだけの時はまあ別だけど」


「普段よりもってことだよ。あ、ついたみたいだね」


「おー、すげーな」


駅から数分歩き見えてきたのは、普段は沢山の車が通っている道路が封鎖され多くの屋台が出店されている景色だ。


「こんなに多くのお店が出るんだね・・・それにどのお店も列ができてる」


焼きそばやかき氷などの定番のお店から、お菓子系の屋台や射的など様々なお店が出店されており、どれも長い列ができている。そろそろ晩御飯なので食べ物系のお店は忙しそうだ。


「屋台のものなんてこの季節くらいじゃないと食べれないからな、凛は何か食べたいものあるか?」


「何かしっかりとしたご飯食べたいな、お昼ご飯食べてないんだよね、お昼くらいまで寝てたから」


「何でだよ・・・」


「だって今日は夜遅くまで起きてるんだよ?!しっかりと睡眠取らないと持たないよ!」


「はいはい・・・じゃあ焼きそばでも食べるか?」


多くの屋台がある中で、特に多くの人が並んでいる焼きそばの屋台を指を指す。


「良いね、食べたい!」


「じゃあ俺が買ってくるからちょっと待っててくれ」


「私も行くよ!?」


「あんな長い列なんだから座ってて大丈夫だよ。あ、でもさっきみたいなナンパには気をつけてくれよ?何かあったらすぐに俺のところに来てくれ」


「もう心配しすぎだよ・・・そんなポンポンと来ないって」


「そりゃ心配もするよ、お前はもう少し危機感というものを持ってくれ・・・お前のその容姿なら良くない考えをしたやつがゾロゾロ群がるかもしれないからな、それにこの大規模な祭りだと尚更だ」


「はーい・・・じゃあそこのベンチで座ってるね・・・」


「すぐ買ってくるから」


手を振りながら、列に並んでいく翼を見ながらベンチに座る。そして座りながら先ほどの翼の発言について考える。

本当に私は彼が言う通り危機感というものが人一倍低いのか?でも私は初対面の人間、特に男性に対しては警戒をしながら接するようにしている。小学生の頃ならいざ知らず、中学に上がった頃からは私のことを異性として見てくる人間が多くなってきたため、極力男性には近づかないように心がけてきた。それでも私に告白をしてくる人間は後を絶たなかったため、最初は丁寧に対応していたが一時期は告白を全てバッサリと事務的に断っていた。あの時告白をしてくれた男性には申し訳ないが、そのお陰で告白をしてくる人はみるみる減っていったのだ。


「お姉さん一人?」


「違います」


そうそうこんな風にバッサリと・・・ん?


顔を上げると知らない男性が私の前に立っていた。どうやら翼の言った通り本当にまたナンパをされるなんて・・・


「俺と・・・」


「大丈夫です」


彼の言葉を遮りながら、私はベンチから立ち上がり彼が並んでいる列に向かう。


「よかったら何か・・・」


ああもうしつこいなぁ・・・!断っているのに諦めの悪い人だ・・・


「ん?凛どうした?っておい!」


「私には彼がいるのでお引き取りください!」


翼の腕を半ば強引に取りながら、それなりに大きな声でナンパの彼を威嚇する。本当にどうしてナンパという行為はお祭りごとで多発するのか知りたくなってきた・・・

列に並んでいる他の人たちが「何、ナンパ?」「初めて生で見たわ笑」 などクスクスと笑い声も聞こえてくる。


「ああやっぱりか・・・すみませんそういうことなので」


翼も状況を理解したようで、ナンパ男に対して軽蔑の目を向けながら冷たく言い放つ。

流石の彼もこれ以上続けても無駄だと分かったのか、トボトボと背を向けてどこかへ行ってしまった。


「災難だったな」


「翼が居てくれないとどうなってたか」


「決めた。凛、今日は俺から離れないでくれ」


「私も離れたくないからそうする」


ということで私たちはお祭り中ずっと隣を歩くことになった。












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