第58話

今日は待ちに待った花火大会の日当日だ。翼の誕生日から二週間ほどが経ち、夏休みもそろそろ終盤を迎えるといった時期になった。課題なども多く出されていたが、ダラダラとした夏休みを過ごすために私は最初の一週間で全て終わらせたため、何の気兼ねもなく喫茶店に行き翼とおしゃべりをしたり、とにかくダラダラと有意義な夏休みを過ごしていた。

現在時刻は午後三時

翼との待ち合わせ時間は五時なので移動時間も考えるとそろそろ準備をし始めた方が良いだろう。


まずは髪の毛を今日の服装に合ったものにセットをしていく。まずはヘアオイルを多めに馴染ませ、後ろの髪を全てまとめて毛束を抜かずに輪結びにする、そして抜かずに垂らしておいた毛束を結び目に ねじりながら巻きつけていき、最後に毛先を結び目のゴムに入れ込む。鏡でチェックしながらランダムにほぐしていけば、かわいいお団子の完成だ。お母さんに教わった結び方だが、この結び方はゴムで留めているだけなのに意外と崩れないため簡単で好きなヘアスタイルだ。後ろから見たお団子は、ほぐしておいた髪の毛が花びらのようになっておりとても綺麗な仕上がりになっている。


今日の服装は、花火大会なのでもちろん浴衣だ。

ネモフィラが描かれている紺色の浴衣で、私の雰囲気にピッタリということで昔お母さんが着ていたものを譲って貰ったものだ。着付けは浴衣のため簡単だ。


鏡で全身を確認してから、浴衣にはぴったりのカゴ巾着を持ち下駄を履いて家を出る。駅に向かう途中は少し目線を感じたが、電車に乗ると浴衣を着た多くの人が居た。皆花火大会に行く人たちだろう。車内は色さまざまな浴衣をきた人たちでいっぱいだ、こういう非日常の風景もこの季節ならではだろう。


午後五時待ち合わせの駅に時間ぴったりに着いたため翼に連絡をしてみる


『駅前着いたよ』


『ごめん少し遅れる!ちょっと待っててくれ』


『分かった!ゆっくりで大丈夫だからね』


どうやら翼は遅れて来るようだ、それじゃあ駅のベンチで少し座ろうかと考えていると、男性から声を掛けられる。


「お姉さん一人?よかったら俺たちとどう?」


振り返ってみると、お世辞にも上品とは言えない男性三人が私のことを取り囲んでいる。

はぁ・・・非常に面倒だ。私が今されているのは所謂「ナンパ」というものだろう。どうして彼らは私と一緒に周れると思っているのだろうか?どういう勝算があり、私に声を掛けてきたのだろうか?私と周りたかったらせめてもう少し落ち着いた格好をしたらどうだろうか。だらしない服装にだらしない髪型をしている彼らと一緒にお祭りを楽しみたいという女性は少ないだろう。


「結構です」


「良いじゃん!お姉さん綺麗だし俺たちとなら絶対楽しめるよ!お姉さんの花火大会のチケットよりも絶対にいい席取ってあるんだ!」


ほう?来賓用のチケットを持っている私以上にいい席を取ってある?どの席か教えて欲しいものだ。


「だから結構です。なぜ私があなたたちなんかと一緒にいかなければいけないのですか?」


「は?調子乗るなよ?!」


顔も見ずに淡々と発言した最後の一言が気に入らなかったのか、三人の一人が私の腕を強く掴む。

痛い・・・流石に男性に力強く掴まれるのは怖い。周りの注目も集まり始め、遠巻きから多くの人が私たちのことを見ている人たちが見える。だが誰一人割って入らないのはやはり面倒ごとに巻き込まれたくないからだろう。


「すぐに暴力に奔るとは・・・やはり外見というのはその人の心を写すようですね・・・」


だが私も応戦をしようじゃないか・・・女性の強さを見せてやろう。声を震わせながらも彼らの心に一番来るであろう言葉を投げかけてやる。


「このやろ・・・言わせておけば!!!」


私の腕を掴んでいる逆の手で握り拳を作っているのが見える。どうやら私は殴られるようだ、いいだろう殴ってみろ、そうすれば警察行きだ。

彼は拳を振り上げる。咄嗟に私は目を瞑り、覚悟を決めていたが一向に痛みは来ない・・・


目を開けてみると目の前には男性の拳を掴んだ翼が立っていた。


「彼女は俺の連れですが何をしているんですか?」


男性の拳を掴みながら冷静に男性に声を掛ける翼。


「なんだお前?ヒーロー気取りか?」


「俺も彼女も高校生です、これ以上問題を起こすようなら警察を呼びますが」


「何だよガキじゃねぇか・・・行くぞ」


男性三人組は警察という単語を聞いた瞬間に引き下がることを決めたようで、やはり国家権力というものは偉大だと再確認する。

彼らが去った後は、周りにいたギャラリー達もゾロゾロと居なくなっていく。


「翼・・・」


「大丈夫か?」


「うん・・・助けてくれてありがとう!」


「ごめん!俺が予定に遅れなきゃ凛が怖い思いしなくて済んだのに・・・」


責任を感じてしまっているのか、翼は顔を歪ませながら頭を下げる。


「殴られそうになったのも、私があの人たちを刺激するようなことを言ったからだし自業自得だよ」


「それでも!凛に何かあったら、仁さんと瞳さんにどんな顔をして会えばいいか・・・」


「翼が守ってくれるんでしょ?」


「え・・・?」


「翼は私が困っているときには必ず助けてくれるって信じているの。さっきもしっかりと守ってくれたしね」


「あ、ああ!まかせろ!凛に何かあっても絶対に俺が助けるから」


彼が負い目を感じることなんて何も無いのだ。どうか今日という日は存分に楽しんでもらいたい。


「じゃあ行こうか!私お腹空いちゃった!」


「ちょ、待ってって!」


これ以上重たい雰囲気を感じる必要はないため、翼の左手を掴んで歩き出す。犬が描かれたブレスレットが、翼の腕で揺れている。




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