第35話

私が風邪をひいたり、お母さんに翼を紹介する事になったり中々激動の一週間だったが、今日は待ちに待った私が焙煎をした豆でコーヒーを入れることが出来る日だ。

翼と一緒に焙煎をした豆は、喫茶店で預かっていて貰いどうやら豆の調子が良いようなので、暇なら今日、家に来ないかと言われたのだ。


「そういえば聞いて無かったけど、なんで珈琲豆って焙煎をした後に時間を置かないと飲むことが出来ないの?」


喫茶店のカウンター内で腕まくりをしながら翼に尋ねる。ちなみに今日はお客さんが来るまではカウンターを使ってもいいと言うことで、私もこのお店のエプロンを使わせてもらっている。


「焙煎をした後の豆ってたくさんの二酸化炭素とかがパンパンに入ってる状態なんだよ。ガスが入っているって表現されるな。焙煎直後の物も別に飲めるんだけど、美味しいかって言われれば正直そこまでじゃないんだ」


「飲むこと自体はできるんだ」


「まあな。でも焙煎直後の物はさっきも言った通り、ガスがたくさん入っているから抽出をするときにそのガスが邪魔して珈琲の成分をうまく溶かし出すことが出来ないんだ」


なるほど。ガスをすべて出して、美味しい物を飲むためにわざわざ時間を置くのか・・・やはり珈琲と言う物は奥深い。


「取り敢えずやってみるか!最初は俺が淹れてみるからそれを見てからやってみるか。お手本があった方がわかりやすいだろ?」


「そうだね。上手な人の物を飲んで、味の違いも確かめてみたいのでお手本よろしくお願いします」


私がそう言うと、彼は「任された!」と胸をポンっと叩き笑顔で答える。彼はたまにこういう子供のような行動を取ることがあるなと最近気づいた。


彼はいつものように道具を準備してから豆を取り出し、手動ミルに入れる。この前教えてくれたように早く、だが決して豆が熱を持たないように一定の速度でハンドルを回しているのが見てわかる。やはり何事も知識を持って見ると、普段の行動が違って見える。

挽き終わった豆をいつもの金属製のフィルターに移し、沸きたてのお湯をゆっくりと回すようにかけていく。そのお湯を入れている彼の顔はとても真剣で、普段の何倍も格好良く見えた。まるで別人のように大人びており、どこか知的にも見える。

数回に分けて入れたお湯をドリップし終わるまで彼の顔は変わらなかった。

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